誕生日の贈り物
若い庭師は仕事道具を持って歩いていた。いつものように側にはベルベットがいる。仕事が終わったところなのだろうか。クリスもローズに気付いた。条件反射のようにその顔が微笑みの形になった。
ベルベットもまたローズに気付いて、とことこと駆けてきた。ローズはしゃがみこんでベルベットを撫でた。立ち上がると、クリスも側に来ていた。
「今、帰りなんですか?」
「そう。あなたも仕事が終わったところ?」
「あ、はい、でも一段落というか、まだやることはあるんですけど……」
「そうなの。ご苦労なことね」
今は特にクリスと話すことはなかった。大叔母の魔力に関しては、少し調査が中断されている。また取り掛かりたいが、ここでそれらについてあれこれ話す気にはなれない。なので、じゃあまた、と軽く言って屋敷へと向かおうとする。が、クリスがそれを止めた。
何だろうと思って振り返ると、クリスが迷うようにこちらを見ていた。
「あの……今日は、誕生日なんですよね?」
「そうだけど……。なんで知ってるの?」
「ウェンディさまから聞いたんです。――えっと、ちょっと待っててくださいね」
そう言って、クリスは近くの花壇へと駆けていった。そこにはちょうど蕾がほころびかけたピンクのバラがあった。クリスはそれを、手にしていた園芸バサミで丁寧に切った。
「――あの、これをどうぞ」
戻ってきたクリスがバラを差し出した。どこかおずおずとしている。ローズは戸惑った。
「あ、誕生日プレゼントです。こんなものですみませんが……」
戸惑うローズに、説明するようにクリスは言った。ローズは手を伸ばし、バラに触れた。バラは、クリスからローズへと移動した。ローズは言った。
「こんなもの、ではないわ。綺麗なバラじゃない」
「そう言っていただけると嬉しいんですけど」
クリスがはにかむような笑顔になった。ローズも笑い、そしてお礼を言った。
「ありがとう」
今度こそ別れ、ローズはバラを手に、屋敷への道を辿った。辺りは大分暗くなっている。空には一日の最後の名残が、春の日の太陽のわずかな光が残っている。ローズはバラをそっと自分の鼻へ近づけた。バラは爽やかな、軽く優しい匂いがした。
――――
クリスは夢を見ていた。ずいぶんと現実的な夢だった。ジャスパー家の庭にいる。近くをちょこちょことベルベットが走っている。ただ、庭の様子が少し違うような気もした。けれどもこれは、確かにジャスパー家の庭だ。
夢というのは往々にして突拍子もないものだけど、と、庭を歩きながらクリスは思った。こんな風に現実と地続きの夢のあるのだな、なんだかあんまり面白みがないような気もするけれど。つい、庭師の目で、仕事の続きの感覚で辺りを眺めてしまう。
その時、向こうの花壇で誰かが土を掘り返しているのに気付いた。クリスはおや、と思った。ジェンキンズじいさんではない。それよりもっと若い男だ。こちらに背を向けているために顔はわからない。がっしりとした身体付きで、肩の筋肉が盛り上がっている。その筋肉が、男の動作に合わせて健康的に動いている。
背後にふと足音が聞こえた。クリスは振り返った。そこには一人の少女がいた。少女はベルベットに気付いたらしくそちらに歩み寄った。けれどもクリスには全く気付いていない。どうやら見えてないらしい。どうも僕はこの夢の登場人物ではないんだなとクリスは思った。
少女はいささかきつめの、けれども美しい顔立ちをしていた。誰かに似ている、とクリスは思った。考えて、クリスは気づいた。ローズだ。ローズのほうが華やかではあるけれど、少し似ている。クリスの存在を全く気にかけず、少女は、彼の横を通って土を掘る若い男へと近づいていった。ベルベットもその後を追う。男が少女に気付き、顔を上げて振り返った。
あれ、これは祖父だぞ、とクリスは男の顔を見て思った。若い頃の祖父だ。若い頃の祖父……の姿を最近見たような気がする。そうだ、やっぱり夢の中でだ。あの謎の八角形の部屋の夢。部屋の中から外を見下ろすと、若い祖父と思しき人物が歩いていた。そして、クリスは少女のほうを見て、あることに気付いた。この少女は、八角形の部屋の中にいた子だ。窓辺で祖父を見ていた、あの子だ。あの時は顔は見えなかったけど、こうして後ろ姿を見ると、あの少女と同一人物なのだということがわかる。
祖父が笑いかけた。日に焼けた顔を綻ばせて、快活な笑顔だった。そして何か言った。けれどもその声は聞こえない。少女も何か言ったのかもしれないが、こちらからは後ろ姿しか見えないし、また声も聞こえなかった。ベルベットがそんな二人を見上げている。
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