告白
「そうなの。でも――それでよかったとも思うわ。例えば未来があまりはっきり見えても……恐ろしいでしょう?」
「そうですね」
クリスは頷いた。未来は気になるがそれを見ることができてしまったら。そしてもしそれが辛いもので、さらに変えることができないものだとしたら。それは確かに恐ろしい。
「ところで三日後といえば」
唐突にウェンディは話題を変えた。「ローズの誕生日なのよ。その日は」
「そうなんですか」
知らなかった。木漏れ日がきらきらと、柔らかい芝生に落ちる目の前の景色を見ながら、いい季節に生まれたんだなとクリスは思った。
「お祝いしてあげれば?」
唆すように、ウェンディが言った。その目がいたずらっ子のように輝いている。
ウェンディの意図はともかく、祝いたい気持ちはクリスにもあった。何かプレゼントでも贈りたい。でも何を贈ればよいのだろう……。向こうはお嬢さまだから大抵のものは持っている気がする。それにそもそも、10代の女の子が欲しがるものがよくわからない。
思わず悩んでしまった。クリスのそんな内面を見透かすようにウェンディがくすくす笑った。
――――
夕暮れの空はオレンジとブルーに染まっていた。徐々に暗くなっていくその空に、小さな黒い影が飛んでいた。コウモリかしら、とローズは思った。ちょうど、学校から帰る途中であった。
ローズは一人ではなく、その隣には背の高い人物がおり、一緒に歩いていた。ローズと同じくらいの年頃の少年だった。少年は今日一日の出来事を、愉快な友人たちの話をしていた。ローズはどこか心ここにあらずでその話を聞いていた。
ローズには気がかりなことがあった。それは、この隣を歩く少年に大いに関係することではあった。けれどもうかつに口に出すことはできない。しかしどこかでその話をしなくてはいけない。ローズは迷っていた。空を見上げると、小さな星が光っていた。少年が笑っている。友達が妙なことを言って、教師が変な顔をした話をしている。ローズは聞きながら、そして意を決した。
「あの……、あの返事のことなんだけど……」
ローズが続ける前に、少年がその言葉を遮った。長身で痩せていて、まだ幼い顔をしたその少年は、早口に言った。
「渡したいものがあったんだ」
少年はカバンから小さな箱を取り出した。綺麗にラッピングされている。薄いブルーの紙で包まれ、同色のリボンがちょこんとついていた。それはどう見ても明らかに、贈り物だった。
「今日は誕生日だから。だから、プレゼント」
そう言って、少年はその包みをローズに差し出した。ローズはそれを見、受け取りはせず、ただ黙って少年を見上げた。
「返事を先にしたいの」
少年を見て、ローズは言った。少年の顔にわずかに狼狽えるような色が浮かんだが、ローズの行動を止めたりはしなかった。ローズは少年に向かってはっきりと言った。
「あなたとお付き合いすることはできないわ。ごめんなさい」
少年が黙っている。ローズは耐え切れず、視線を外した。そして、少年の手の中で行き場を失っているプレゼントを見た。小さな、淡いブルーで包まれた箱。恐らくアクセサリーか何かだろう。
「だからこれも受け取れない。受け取るのは悪い気がするし……」
その気がないのに物だけもらうことはできない、とローズは思ったのだった。少年は少し笑った。幾分、無理をしているかのような笑いだった。いや、構わないよ、といったような台詞を、少年は口の中で言った。ローズにはよく聞き取れなかった。小さく愛らしいプレゼントはたちまちカバンの中に返っていった。
再び話題が他愛のない日常の出来事へと帰っていった。少年は笑い、ローズもそれに合わせるように笑った。あまり笑う気分ではなかったが、笑わないのは申し訳ないと思ったのだった。プレゼントを断ったことに罪悪感めいたものを感じていた。あのプレゼントはどうなるのだろう。誰かに回すわけにもいかないだろうし、受け取ったほうがよかったのだろうか……。ローズは思ったが、けれどもやはり心は否定した。お付き合いの申し出を断っておいて、プレゼントだけはもらうというのは、それはどうなのだろうか。
家につき、門の前で別れた。少年は笑顔で手を振った。仲のよい友人で、ほんの何日か前に少年から思いを打ち明けられるまで、そんなことを全く予想させなかった友人で、そして、そんな友人同士に、少年は戻ろうとしているかのようだった。ローズもまた笑って、それからいつもと変わらず、また明日、と言った。
――――
ローズは門を入って屋敷の庭を歩く。空は暗さが増し、夕日の暖色から夜空の闇へと綺麗なグラデーションになっていた。庭を歩くローズはふと足を止めた。その先に、クリスがいたのだ。
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