6. 誕生日の贈り物

不確実な未来

 庭を歩いていたクリスは、木の下に誰かが座っているのを見つけた。心地よいうららかな午後のことだった。温かい陽射しが庭に降り注ぎ、のんびりと日向ぼっこなどをするのに最適の日だった。木の下の人物は本を読んでおり、クリスはなんとなくそちらに近づいていった。そこにいたのは、ウェンディであった。


 ウェンディがクリスに気付き、本を閉じて笑顔を向けた。クリスも笑顔を返す。ベルベットが走って、ウェンディに近寄った。ウェンディはすぐ側までやってきたベルベットを笑顔で撫でた。


「今日は気持ちがいいわね」


 ウェンディが言った。「仕事中なの?」


「あ、はい、でも今は休み時間で……」


 答えるクリスにウェンディは朗らかに言った。


「じゃあここで少しお喋りしていかない?」


 クリスはウェンディの隣に座った。ジャスパー家の姉妹は、特に上の姉妹は優しくて気さくだ。ローズは少し素っ気ないけれど、悪い人間ではない。


 ベルベットがウェンディの膝に飛び乗った。厚かましいやつだなあとクリスは思う。ウェンディがそんなベルベットを大事そうに撫でていて、いささか羨ましくもあった。


「ローズと仲良くなったのね」


 唐突に言われてびっくりした。ウェンディはからかうような笑みをその焦げ茶の目に浮かべていた。


「ごめんなさい、あなたたちが一緒にいるところを何度か見たの」


 イライザの部屋で怖い思いをしたのは、ついこの間のことだった。それから何度かローズとは会った。イライザの魔力のことは気になるが、二人とも彼女の部屋に再び足を運ぼうという気には、まだならない。ローズもまた、最近は謎の魔力の気配を感じていないようだった。


「ローズはちょっと難しいところが……昔はそうでなかったんだけど、でも今はちょっとひねくれてるみたいなところがあるから、あなたが仲良くしてくれると嬉しいわ」

「あ、いえ……」


 こちらも可愛い女の子と仲良くできて嬉しいです、と言おうかと思ったが、それはさすがに馴れ馴れしすぎ、軽すぎる気がした。また言うほど親しくなっているのだろうか、という気もした。しかしともかく、ローズと一緒にいることは別に負担ではないし、特に感謝されるようなことでもない。


「私も……もし留学することになれば、しばらくはこの家を離れるわけだし、ローズのことが少し心配なところもあって……なんだか過保護な姉ね」


 ふふ、とウェンディは笑った。留学の件は以前にも言っていた。一体、試験はいつなのだろう。尋ねてみると、ウェンディは明るく顔を上げた。


「三日後よ」

「ええっ!?」


 思わず妙な声を出してしまった。その割にはウェンディは落ち着いている。さっきまで読んでいた本もただの小説本のようで、試験に関係のあるものとは思われない。クリスは思わず言ってしまった。


「その……大丈夫なんですか、試験。勉強しなくても……」


 ウェンディは笑った。


「もうここまで来たら今更多少あがいてもね、って気がするの。それよりも心を落ち着けてリラックスして、万全の態勢で試験に臨めるのがいいわ」


 そう言われればそうかな、とも思う。そして確かに今のウェンディはとても寛いでいた。しかし多少顔を曇らせもした。


「でも……まあ不安にならないこともないわ。ただ、今まできちんとやってきたことがあるから大丈夫だろうと思うだけで」


 ウェンディはまた穏やかな表情になって、膝の上のベルベットを撫でた。ベルベットは目を細め、居心地が良さそうだ。


「――未来が見えたらいいな、って思うことがあるわね」

「ああ、試験の結果とか」

「それもある。けど、それ以外とか。3年後、5年後、10年後、私はどうしてるのかな、とか」


 ウェンディはベルベットを見ていた。その顔はわずかに微笑んでいた。


「魔力があれば――未来を予知できるっていうわね。でもそれはとても不確実なものなの。大叔母さまだって、確かな未来は予測できなかった」

「そうらしいですね」


 クリスも自分の未来が気になることはもちろんある。5年後、10年後……おそらくやはり庭師をやっているのだろうが。そうならばよいのだが。けれども突発的な何かが起こってそれがかなわなくなっていることもあるのかもしれない。


「魔力も万能なものじゃないんですね」


 クリスはそう言った。そして、先日のイライザの部屋での出来事が蘇ってきた。あれは――何だったのだろう。ウェンディに話して意見を伺ってみたい。でもこの件についてはあまり口外するなとローズに言われている。ウェンディは……イライザの魔力についてどこまで知っているのだろう。

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