赤い花

 部屋の扉は閉まっている。ということは室内にはいるわけだ。クリスも一緒に、探した。ふざけてどこかに隠れているのだろう、と思う。捜索はすぐに終了した。ベッドの下からひょっこりとベルベットが姿を現したからだ。


「なんだ、こんなところにいたんだ」


 ほっとしたのか、ローズが笑顔になった。ローズはベルベット相手だと、幾分素直になる。澄ましている時よりも、笑った時のほうが幼く見える。笑顔のまま、ローズはベルベットを抱き上げた。


「ベッドの下に何かあったの?」


 冗談めかしてローズは聞いた。その時だった。パチンと何かが弾けるような音がし、途端に辺りが薄暗くなった。


「な、何!?」


 ローズの恐怖を帯びた、驚きの声がした。暗くはなったが、真っ暗闇ではない。全く何も見えなくなったわけではなく、ぎゅっとベルベットを抱きしめているローズの姿が見える。ただ、真昼とは思えない、尋常ではない暗さだ。クリスはローズに近寄った。クリスももちろん、恐ろしかった。


 ローズもこちらに近づき、二人はほとんど触れ合わんばかりに身を寄せ合った。何が起こったのか全くわからない。ただただ不安だったので、とりあえず誰かの存在を感じていたかった。二人とも無言だった。声を出すこともできず、次に何が起こるのか、ただ待っていた。


 最初は音だった。何かがこちらに忍び寄ってくるような、這うような音がした。それは足元から聞こえた。クリスは音のするほうを見た。植物だ、とクリスはそれを見て思った。太い蔓植物だ。それがゆっくりと、こちらに向かってやってくる。


 ローズもそれを見、悲鳴を上げた。ローズの身体がこちらに倒れるようにくっついた。クリスは意識しないままに、その身体を抱きしめていた。ローズを守ろうという気持ちがあったというよりも、クリス自身、今の状況が恐ろしく、誰かに触れていたかったのだ。二人そのまま、ただ固まっていた。動こうにも恐怖で動けない。二人の間で苦しいのか、ベルベットがもぞもぞと動いていた。


 音はいつの間にか増えていた。壁からも天井からも何かが聞こえる。クリスは周囲を見て仰天した。部屋中が植物に覆われている。それらは蔓を伸ばし枝を伸ばし、葉を広げ花を咲かせて、クリスの目の前で早送りのように成長をしていた。葉と葉が触れ合う微かな音が聞こえた。蕾が膨らんで弾けるように花が開いた。花の色は真っ赤だ。蕊は毒々しく黄色い。薄暗い中で、それらの色がはっきりと見えるのは、花自体が何か異様な光を放っているからだ。クリスはローズを抱く腕に力を込めた。ローズもまたクリスの胸に顔を埋めている。


 しかし、恐怖の時間は長くは続かなかった。まるで波が引くように、それらの植物が姿を消していった。また室内に光が戻っていく。蔓がするするとどこかへ後退し、葉や花が溶けるように消え、塔の部屋は気づけばまたいつもの姿を取り戻していた。しばらくの間、二人は魔法にかかったように動けなかった。けれどもクリスがまず先に我に返った。そして成り行きとはいえローズをしっかりと抱きしめていることに気付き、慌ててその手を離した。急に恥ずかしくなったのだった。


 ローズもまた落ち着いたようだった。けれどもその顔には恐怖の影がある。ローズははっきりとした声音で言った。


「部屋を出ましょうよ」


 クリスもそれに賛成だった。




――――




 部屋を出、扉を閉めた。物理的に遮断してしまえば、多少はあの怪異から逃れるような気がした。クリスはずっと気になっていたことを、ついに我慢できずに喋りだした。以前見た夢と、この部屋がとてもよく似ていたという話だ。ローズは黙って、硬い表情でそれを聞いていた。


「……やっぱり、大叔母さまの部屋には何かが「ある」んだと思うわ」


 聞き終えたローズは低い声で言った。クリスも同意する気持ちだった。魔法のことはよくわからない。が、さっき遭遇した出来事は尋常ではない。先生からイライザの魔力の気配について聞いたとき、あやふやな話でいまいちぴんと来なかったのだが、今はそれが、もっと存在感を持って我が身に迫っていた。


「私はそれを知りたいけど……でも、また今度にしましょう」


 ローズは疲れているようだった。クリスもまた疲労を感じていた。ローズの腕から降りたベルベットだけが、いつもと変わらぬ顔をしている。それを見ていると、少し安堵するような気持ちになる。


 二人と一匹はそろって無言で、塔の部屋を離れた。

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