再び大叔母の部屋へ
クリスは戸惑った。先日、ヴェインに見つかって注意されたばかりなのだ。しかし、ローズはクリスの戸惑いなど気に留めず、さあ早く、と促した。
「ヴェイン先生は……」
思い切って言ってみる。ローズは簡単に答えた。
「今ちょうど外出中なの。だからチャンスでしょ」
ヴェインの不在を狙っていたのではないかとさえ思えてくる。仕方なく、クリスはローズの後についていった。今日は誰にも会わないとよいのだが。
「やっぱり気になるんですね。イライザさまの部屋が」
何もない、とは言っていたはずだ。しかしローズは、そう、と頷いた。
「以前まではさほど気にしてなかったのだけど……でも、やっぱりもう一度ちゃんと調べたほうがいいかなと思い始めたの。この前のベルベットの様子など見るに……」
ベルベットは特に何もしていなかった。ただきょろきょろしていただけのような気もする。けれどもローズがそう言うなら、特に反論せず従うことにした。
階段を上って二階の廊下を歩く。突き当りには扉がある。この前は開けることも叶わなかった扉だ。歩きながら、ローズが言った。
「大叔母さまの部屋は塔にあって、「塔の部屋」って呼ばれてたの。まあそのままだけど。でも塔にある部屋なんて、素敵に思えて子どもの頃は羨ましかった」
意外と素直な子どもだったのかな、とクリスは思った。
幸い誰にも会わない。無事部屋の前まで辿り着いて、ローズは扉を開けた。
扉の向こうに広がる室内を目にした途端、クリスは強烈な戸惑いを覚えた。これは、見たことのある部屋だ、と思ったのだ。初めて来るはずなのに。ここに一度も足を踏み入れたことがないはずなのに。何故そう思うのだろう。
混乱しつつ、クリスは室内へと入っていった。先に入ったローズが周囲を見回している。「前来たときと何も変わってないわね」ローズがそう言う声がした。クリスはいまだ混乱していて、そして、この部屋を一体どこで見たのか思い出していた。
夢の中だ。ついこの間に見た夢だ。八角形の部屋。おそらく女性の部屋で、窓辺に少女が立っていて、窓の外を見ていた。その部屋だ。
クリスは窓へと視線を向けた。さすがに夢の中の少女は立っていなかった。ほっとした。けれども恐ろしいことに、窓はやはりあの夢の中の窓と同じだった。縦に細長い窓に、ベージュのカーテンが隅にまとめられている。夢の中でも同じ色のカーテンだった……だった気がする。クリスはくらくらするような思いだった。
「どうかしたの?」
立ち止まったままのクリスを不審に思ったのか、ローズが聞いてきた。クリスは我に返って、そしてローズに言った。
「いえ、別に、なんでもありませんが……」
この部屋に入ったことはもちろんないのですが、夢でこれと同じ部屋を見たことはあるのです、なんて自分でも荒唐無稽なことだと思う。何かの勘違いをしているのだろう、とクリスは思った。
気を取り直し、部屋の様子を改めて見た。大きなベッドには、しみもしわもないカバーがかかっている。本棚は大きく、重厚な作りだった。しかしガラス戸の中を覗いてみても、あまり蔵書はない。「目ぼしいものは全部図書室に持っていくとか、寄付とかしたの」と、横でローズが言った。
書き物机に、小さな整理ダンス。そして大きな窓がある。窓。夢の光景を思い出しながら、クリスは窓へと近寄った。窓の外を眺め……やはり愕然とした。そこにはまたもあの時の夢に似た光景が広がっていたからだ。ただ、木の感じや花壇の花々が違う。これをどう解釈してよいかわからず、クリスは黙って窓を離れた。
「――やっぱり変な感じはしないんだけど」
ローズが言った。部屋の真ん中で首を傾げている。「ベルベットはどう思う? って、あれ? ベルベット?」
いつの間にかベルベットがいなくなっていた。ローズは辺りを見回した。「どこ行っちゃったの? おーい、ベルベット」
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