それぞれの良いところ
幸い、ローズはすぐに見つかった。庭の大池のほとりにいた。池を取り囲む岩の一つに座っていたのだ。池にはスイレンの葉が浮かび、ぼんやりとそれを見ているようだった。クリスは声をかけた。
「あの、ローズさん!」
駆け寄ると、ローズが興味なさげにこちらを振り返った。やはり目が冷たい。クリスはいたたまれない気持ちになったが、とりあえず、弁明に努めた。
「あの、さっきは変な光景を見せてしまって、あの、僕としては何か邪な不埒な気持ちがあったわけでは全くなくて、えっと……」
「別にいいわよ」
素っ気なく、ローズは言った。再び視線を池に戻す。「あなたが不埒な人なんて思ってない。無理やりミランダ姉さまにくっつかれたんでしょ。姉さまは何というか、人懐っこいところがあるから」
「そ、そうなんですよ」
とりあえず、わかってくれてはいるようで、そこはよかった。クリスはひとまず胸をなでおろす。そして、ミランダから託されたものをローズに渡した。
「あ、これ、ミランダさまからです。手作りのケーキでローズさまに、って」
可愛らしいピンクの花模様のナプキンに包まれたケーキを、ローズは黙って受け取った。そして一口齧る。呑み込んでぽつりと呟いた。
「……美味しい」
「ですよね。ミランダさまは料理がお上手で」
台所からそしてこの池のほとりへと、ずっとクリスにくっついてきたベルベットが物欲しそうにローズのケーキを見ている。ローズはそれに気づいて、ケーキを少しちぎってベルベットに渡した。ベルベットは喜んでさっそく食らいついていた。
「ベルベットも姉さまのケーキが好きね」
「はい。食いしん坊というか卑しいやつで……」
悪口を言われているものの、もちろんベルベットにはわかろうはずがない。ケーキを食べ終えたベルベットはぴょんぴょんと辺りを歩き回り始めた。
その様子を見ながら、ローズは小さく言った。
「……私は……料理はあんまり得意じゃないし……」
声に力がない。そして力がないまま言葉を続けた。
「ミランダ姉さまは料理が得意で、ウェンディ姉さまは勉強が得意で……。私はそのどっちもそんなにできるわけじゃないし……」
「え、えっと……あの……」
暗い雰囲気になってしまった。なんとかしたくて、クリスは懸命に言葉を探した。ローズは強い魔力を持っていると彼女の姉たちは言っていた。だから、魔力があるじゃないかと言いたい。しかし、その魔力は現在不安定になっているのだともいう。ここで魔力のことを言うのはあまり得策ではないかもしれない。
クリスは頭を働かせ、そして、勢いよく口を開いた。
「あの! でも! 綺麗じゃないですか!」
「え?」
ローズが怪訝な表情になった。何を言い出したのこの人は、とその顔に書いてある。クリスは恥ずかしくなったが、言ってしまったことは今さら取り消せない。俯いて、なんとか言葉を続けた。
「……その……ローズさまは……き、綺麗な人だなあって、最初から思っていて、その……」
何を言っているんだろう、自分は、とクリスは思う。ローズはどう思っているのだろう。いきなり容姿を褒められて、嬉しいものなのだろうか。気持ち悪いと思われるかもしれない。それに、見た目ばかり持ち上げられても嬉しくないという気持ちになるかもしれない。恐る恐る、またローズを見る。ローズは意外や、怒ってはいないようだった。珍しいことに若干頬が赤くなっていた。どうやら照れているようだった。
「――あ、ありがと」
短くぶっきらぼうに、ローズは言った。そして素早く視線をそむけた。怒っていないようなのはありがたい。けれども……照れているのだろうか、そんなローズは初めてだった。なんだかかわいいと思ってしまった。
そういったことを考えていると、こちらまで照れくさい気持ちになってきた。二人、いささか気まずく黙っている。その側を全く空気を読まずに、ベルベットが駆けていくのだった。
―――
それから数日後、再び、ローズに呼び出された。ベルベットを伴って屋敷に行くと、玄関ホールでローズが待ち構えている。開口一番、こう言った。
「さあ、大叔母さまの部屋に行くわよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます