7. ベルベットの異変

卵のありか

 ローズがしばしばクリスの住む小屋を訪れるようになった。ベルベットに会いに来たの、とローズは言う。すっかりベルベットを気に入っているようだ。それとともに、現在は棚上げ状態になっている、イライザの魔力の話もした。


「もう一度、大叔母さまの部屋には行ってみたいのだけど」


 ローズはそう言う。が、気が進まぬらしい。クリスもまた同じ気持ちだった。またあんな奇妙な目に会いたくない。イライザの残したものが何かはわからないが、そっとしておいてそれで害がないのなら、そのままにしておきたいという気持ちもある。自分たちがイライザの部屋で変な物を見たのは彼女の部屋に行ったからであり、もし、そういったことをしなければ、彼女の魔力は何もしないのであれば、これ以上つつかないほうがよいのかもしれない。クリスはそんなことを思っていた。


「ベルベットはどう思う?」


 ローズはベルベットに尋ねる。クリスに、ではない。確かにごくわずかな魔力しか持たないクリスよりも、ベルベットのほうがはるかに頼りになりそうではあるが。ベルベットは小さな黒い目でローズを見上げるばかりで、もちろん返事をしなかった。


 明るい午後の日のこと、その日もローズはクリスの小屋を訪れていた。大きな木のテーブルで二人お茶を飲み、ふと話がクリスが見た夢のこととなった。一度、不思議な八角形の部屋の夢を見たことがある。それは後にイライザの部屋と一致するということがわかったのだが、その後もう一度イライザの夢を見た。そのことをローズに話したのだった。


 最初の夢は不思議なものだったが、次の夢はごく普通の、ただの夢だと思えた。そのためクリスは笑いながら話したのだが、ローズは意外に真剣な顔で聞いていた。そして、話を聞き終わって言った。


「それも、その夢も現実にあったことかもしれないわね」

「現実にあったことというと?」

「過去に、実際に会ったこと、ということよ。あなたは前に大叔母さまが出てくる夢を見ている。それは塔の部屋の夢で、あなたはその部屋に入ったことがないのに、その場所を夢に見ることができた。なんというか……今回のその夢も、ただの夢ではないような気がするの」


 そうだろうか、とクリスは思った。ローズはベルベットを見た。


「その光景は――本当にベルベットが見たものなのかもしれないわね」


 そうなのかい? とベルベットに聞きたかったが、ベルベットはどこ吹く風で室内を歩いている。


「こういう夢は前にも見たことあるの?」

「イライザさまの出てくる夢ですか? いえ……」


 そもそもイライザについては、その存在は知っていたが、強く意識したことはない。だから夢に出てきたこともない。考えてみれば祖父の出てくる夢も見たことがないかもしれない。ローズはやはり難しい顔をしていた。


「場所が見せているのかもしれないわ。やっぱり大叔母さまの魔力の影響なのか……。それともベルベットのせいなのかしら。ベルベットの記憶があなたの中に流れ込んでいるとか。ここはベルベットの卵が見つかったところだし。そういえば、卵はこの庭のどこで見つかったの?」

「えっと、どこだったか……」


 木の根元にあった、というようなことを祖父は話していた。しかし具体的な場所までは聞いていない。そのことをローズに言うと、ローズは残念そうな顔をした。


「木、といってもこの庭にはたくさんあるしね。――そうだ、ベルベットを連れて外に出てみましょうか。ひょっとしたらベルベット自身が教えてくれるかも」


 かくして、二人と一匹で外に出ることとなった。日差しがぽかぽかと暖かい。眠くなるような陽気だった。緑の芝を踏んで、二人と一匹は歩いた。


「ベルベット、おまえはどこから来たの?」


 ローズがそう尋ねている。ベルベットは二人の先を行くが、それは気ままに散歩しているという風情で、とても卵のあった場所を教えてくれるようには思えない。


 とはいえ何となく二人でベルベットの後をついて歩いた。ベルベットは虫や花に気を惹かれ、あちこち寄り道をしている。二人も言葉少なにゆっくりついていく。風が穏やかで気持ちがよかった。気候のせいばかりではなかった。クリスの心には、何か暖かいものがあって居心地がよくて、そして幸せだという思いがあった。それは多分、その原因は、隣を歩くローズに関わるものなのだ……。


 クリスはそっとローズは見た。ローズはベルベットを見ている。その横顔がすっきりと美しい。果たしてローズは何を考えているのかな、とクリスは思った。自分はこの散歩が心地よくて、できれば長く続けばいいなと思っている。けれどもローズは……。


 その端正な横顔からは、彼女の心はわからなかった。




――――




 ある朝のことだった。いつものようにベルベットに朝ご飯をあげようとして、クリスは異変に気付いた。ベルベットがやってこない。いつもは待ちきれなさそうに台所をうろうろしているのに、出てこない。寝室に行くと、ベッドの上のいつもの寝床で丸くなっていた。何かあったのかと思って声をかけてみた。大儀そうに眼を開けるだけで、動きもしない。

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