声を聞く

「よかった! あなたを探してたの。私――私、ミランダお姉さまから話を聞いて、あなたが大叔母さまの部屋でいなくなったっていうから」

「じゃあこれは夢じゃないんですか」


 二人どちらからともなく身を離した。ローズはクリスを見て笑っていた。


「どうして夢だと思うの? これは……以前、私たちが大叔母さまの部屋で変な体験をしたでしょ。あれと同じ類のものだと思う。今回はあなただけが捕らわれて、ミランダ姉さまは無事だった。私――あなたを助けにきたの」


 ちょっぴり誇らしそうなローズの声だった。クリスは嬉しくなり、動揺し、とりあえずお礼だけを言った。「ありがとうございます」


「気にしないで。さあここから出ましょう。といっても、どうやって出るのかよくわからないけど。――ところでベルベットは? ベルベットもあなたと一緒に消えたはずでしょう?」


 風はいつの間にかいくらか治まっていた。辺りはまだ薄暗いが、空にひびは見られなかった。イライザも祖父も、いなくなっている。そしてベルベットも。ついさっきまで側にいたはずなのに、とクリスはその姿を探した。


「ええ、ベルベットも一緒だったんです」視線で探しながら、クリスは言った。


「一緒にこの不思議な庭にたどり着いて……。おかしいですね、見当たりません」

「ベルベット! どこなの!?」


 今度はベルベットの名を呼ぶローズだった。クリスとローズはベルベットを探し、歩き始めた。不穏な空気はまだ庭に立ち込めている。目下の危機は多少遠のいたように思えるが、しかしまだ油断はできない。早くここを出たいものだ、とクリスは思った。けれどもベルベットを置いていくわけにはいかない。


 歩き始めるにつれ、再び暗さが増してきた。自然と、二人の距離が近づいた。クリスは心細かったが、ローズもまたそうなのだと、触れ合わんほどの肌の近さでそれを感じることができた。二人は黙って歩いた。と、その時、何かが割れるような音がした。ローズが悲鳴を上げ、クリスの足も止まった。二人は気づかぬうちに、くっついていた。


 また暗闇が襲ってきたのだ。辺りはまた、闇に閉ざされてしまった。あの時と同じだ、とクリスは思った。最初にイライザの部屋に行ったときと同じ。あの時も真っ暗になって、こうしてローズと近くにいて、そして、不思議な花を見たのだ……。


 何かがこすれあうような音が聞こえた。微かな衣擦れのような音。その中にさらに様々な音が混じりあう。人々が囁きを交わすような音、あぶくが小さくはじけるような音、風がそっと草木に絡みつくような音。クリスはローズを抱きしめ、そして辺りを凝視した。また、花か何か見えるのではないかと思ったからだ。暗闇にそっと浮かび上がるものがあった。それは植物だった。


 やっぱりあの時と同じじゃないか、とクリスは思った。蔓植物が身をうねらせながら、こちらに近づいていた。それだけではなく、木や草花の類もあった。それらは意志を持ったもののように動き、よじったりねじったりしながら、急激に成長していた。空間は植物に覆われつつあった。「前にもこんなことがあったわ」クリスの腕の中で、ローズが小さく言った。その身が固い。緊張しているらしい。


 クリスは目を凝らし続けていた。こんなものは怖くないぞ、という気持ちだった。これが植物なら。そう、いささか変わった植物ではあるけれど、植物であることにはおそらく違いがないのだ。そうであるならば、自分が普段接しているものと同じであり、そんなに恐れることはないはずだ。クリスは黙って、今度は耳を澄ませた。何か声が聞こえないだろうか。自分の微弱な魔力でも、何か。


 最初は笑い声だと思った。小さな小さな音が続く。それはくすくす笑いであったり、澄ました笑いであったり、子どもたちの無邪気な笑い声であったりした。そこに次第に声が混じってきたのだ。囁き声。呻くような声。愛を交わす小さな声。大事な秘密を告げる低い声。植物たちが、次々に、何かを発していた。

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