嵐の中で
風が、ひどくなった。葉を揺らし、花々を揺らし、クリスをも揺さぶった。イライザの髪も揺れていた。それはうねるように動き、次第に激しくなり、広がり巻き上がり、それを見ていたクリスは不気味さを感じた。髪は、まるで生きているかのようだった。しかも徐々に長くなっているかのようでもあった。
何か、恐ろしいことが起きようとしているのだ、と直感的にクリスは思った。わずかに後ずさる。この場から離れたかった。けれども足が上手く動かない。辺りが次第に陰ってきた。いつの間にやら太陽が雲に隠れたようだ。風は鳴り、うめき、嵐みたいだとクリスは思った。不安になってクリスは空を見上げた。そして身体をつかまれるような恐怖にとらわれた。空が、崩れ落ちようとしているのだ。上手くは言えないが、空に何やらひびのようなものが入りつつあるのだ。
「クリス!」
その時突然、クリスは自分の名前を呼ぶ声を聞いた。声の主は誰かと、辺りを見回す。誰もいなかった。が、声は再び聞こえた。
「クリス! どこなの!? どこにいるの!?」
声は少しずつ明瞭になっていった。誰の声なのか、クリスにはいまやよくわかっていた。ローズだ。ローズがどこかにいて、そして自分を探しているのだ。
―――
アンソニーはイライザのことを思い出していた。物静かで常に冷静で、あまり打ち解けない叔母だった。決して悪い人ではないのだが。今、目の前にいあるヴェインと少し似ている。叔母がそういう性格だったために、親しく打ち解けて喋った記憶がない。けれどもアンソニーとしては叔母のことが嫌いではなかった。ただ、なんとなく――偉い人だっというのもあり――近寄りがたかったのだ。
その叔母が、とアンソニーは思った。密かに愛していた人がいて、彼との思い出を閉じ込めた庭を作ったのだ。なんと純情なことだろう。アンソニーは叔母の厳しい顔立ちを思い浮かべ、意外だ、と思った。こういってはいけないのかもしれないが、叔母にも可愛らしいところがあったのだ。
「私は知らなかったのです」
ヴェインはまだ喋り続けていた。
「イライザがそのような秘密の庭を持っていたこと。以前家にいた庭師を愛していたことさえも知りませんでした。イライザはそういうもの――恋愛とかなんとか――とは遠い人だと思っていたので。庭師の話は何度か聞いたことはありますよ。竜の卵を見つけたときのことを語った際に、ついでのように彼も出てきました。けれどもそんな――特別な存在だとは思わなかった」
自分は竜の卵を見つけた話さえも聞いたことがないな、とアンソニーは思った。イライザとヴェインは親しかったので、アンソニーには言わない話もヴェインにはあれこれと打ち明けたのだろう。ヴェインは続けた。
「イライザが生きている間は庭は巧妙に隠されていました。私も気づきませんでした。けれどもイライザの死後、気づいたのです。あの部屋には秘密の、魔法で作った空間があることに。私は自らの力でもってその庭に入りました。そして見たのです。若き日のイライザと逞しい庭師との愛の光景を」
ヴェインはわずかに顔を歪めた。アンソニーが見守っていると、ヴェインは気を取り直し、さらに言葉を継いだ。
「最初は何のことかよくわからなかった。この庭はイライザによって作られたものということは明らかだったのです。彼女の魔力に満ちていたから。けれども……あの庭師は何者なのかと……。私はこの屋敷の使用人たちに話を聞き、そして、その正体を知ったのです。写真が残っていました。それはあの庭で見た庭師と同じ顔で、また、この庭師とイライザが竜の卵を見つけたこともわかりました」
ヴェインの顔はまたいつもと同じように、感情の見えない、冷ややかなものに変わっていた。訥々とヴェインは語った。
「後は私の想像のようなものです。でも確実なことだとわかります。イライザはあの庭師を愛していた。結ばれることはなかったけれど。そして魔法の庭を作りだし、自らの願望を叶えた。庭は死後も残ったのです。イライザの思い入れが強かったせいか……。けれども永遠に残ることなどないでしょう。そのうち消えるでしょうし、私はこのことを黙っておくことにしました。イライザもこれを公にされることを望まないでしょうし」
「でも、ローズが気づいてしまった」
「ええ。そうなのです。あの子の力を甘くみていましたね」
アンソニーは扉に目をやった。ローズを室内に導き入れ、そして再び閉じてしまった扉を。
「ローズは……大丈夫でしょうか」
「あなたも心配性ですね。私は何度でも言いますよ。大丈夫だと」
――――
「ローズさま!」
自分を呼ぶ声に、クリスはありったけの力を込めて返事をした。「ここです! 僕はここですよ!」
ふいに目の前の空間が割れた。奇妙きわまりないことだが、まさにそうとしか形容できないことが起こったのだ。そして驚くべきことに次の瞬間にはほんのすぐ側に、ローズが立っていたのだ。
「クリス!」
ローズが飛びつくようにしがみついてきた。クリスもまた無意識のうちに彼女の身体を抱きしめていた。なんでこんなところに彼女がいるのだろう、と思いながら。夢だから何でもありなのだろうか。それにしても何て変な夢なんだろう!
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