ローズの決断
「何故なのですか? そもそもなんなのですか、その「庭」というのは。つまり……叔母は何のためにそれを作ったのでしょう」
ヴェインは黙った。黙って、顔をそむけた。アンソニーには、冷たい、厳しいその横顔が見えた。答えを待っていると、ヴェインが顔を上げた。そして、アンソニーに言った。
「イライザの部屋に行ってみましょうか」
――――
アンソニーとヴェイン、二人はイライザの部屋へと向かった。部屋の前に近づくと、そこに幾人かの人々が集まっているのが見えた。使用人たちに、それからジャスパー家の人々。両親にウェンディだ。下の二人はいない。
人々はみな一様に、不安そうな顔をしていた。小さな低い声で会話がなされており、何やら尋常ならざることが起こったのはその雰囲気で明らかだった。けれども部屋の扉はいつものように閉まっており、屋敷内もいつもと変わらぬように、アンソニーには見えた。魔力がないから何も感じることができないのだ、と彼は思った。
「ヴェイン先生」
ウェンディが二人に気付き、近づいてきた。「それから叔父さまも……」
「ちょっと用があって訪ねてみたんだけど。なんだか妙なことが起こっているみたいだね」
「ええ、そうなんです。もう話は聞かれましたか?」
「一応は」
ウェンディの顔は曇っている。
「ミランダがクリスがいなくなったと言っていて……。大叔母さまの部屋で消えたそうです。私もなんだか変な空気を感じるんです。この部屋には……おそらく何かがあります。先生は大丈夫だとおっしゃいますけど……」
「そうです。だから、待っていればよいのですよ」
ヴェインは言ったが、ウェンディは納得していないようだった。
その時、背後で足音がした。ウェンディがはっとした顔になる。振り返ってみると、ミランダとローズがやってくるところだった。ローズは険しい顔をしていた。まっすぐにヴェインの元へと向かう。そして決然と彼女を見た。
「先生、部屋に入ってもよいですか。大叔母さまの部屋に」
「ローズ、何を言ってるの」ウェンディが呆れた顔をした。「部屋の扉は開かないのよ。窓も開かないし、誰も部屋に入ることができないの」
「ひょっとしたら――私なら入ることができるかもしれません」
ヴェインを見たまま、ローズは言った。「以前、クリスと一緒にこの部屋に入ったときに、やはり奇妙な目にあいました。だから私ならば入れるかもしれません」
「……そうね、あなたならね」
ヴェインは言った。アンソニーは驚いた。ヴェインはいつものように落ち着いており、そして、その答えを聞いたローズはさっと興奮で顔を赤くした。
「待って。――大丈夫なの?」
心配そうに、ウェンディが尋ねる。ローズはそんな姉に笑顔で答えた。
「大丈夫。確かに今、ここには奇妙な空気が立ち込めているけど……そんなに悪いものじゃないような気がするの。そして私ならばこの扉を開けられる。悪いものじゃないから――たぶん、クリスの身にそんなに危険なことは起こらないだろうけど、でも一人ぼっちで心細い思いをしているかもしれないから」
「そう思うなら行きなさい。私は止めはしませんよ」
「ローズ……」
ウェンディはまだ何か言いたそうだった。が、ローズの顔を見て口を閉ざした。緊張と不安の空気の中、ローズは扉へと近づいた。そしてそっとノブに手をかけた。しかしそれを動かす前に、振り返り、ヴェインを見た。
「私は――私の力は以前暴走しました。もし……部屋の中で同じようなことが起きたら……」
ローズは動揺していた。声がわずかに震えていた。ヴェインはローズの心配をあっさりとはねのけた。
「あなたの力くらい、イライザなら簡単に止めることができますよ。暴走したところでそれが何になるというでしょう」
ローズは笑った。そして再び背を向け、今度こそ、ノブを押し扉を開いた。
驚きの言葉が口々に人々から漏れた。ついさっきまで決して開くことのなかった扉なのだ。それをローズが難なく開けた。そしてローズは室内に入っていった。ローズが完全に中に入るとたちまち扉が閉められた。部屋の扉は何事もなかったかのように、さっきまでと全く変わらぬように、そこに存在していた。
「ローズ……」
小さく、ウェンディが呟いた。今までずっと黙っていたミランダが、焦るように口を開いた。
「あの、あの! ローズは確かに大丈夫なんですよね!?」
「ええ、大丈夫ですよ」
静かにヴェインが答える。ウェンディは扉に近寄っていた。そして開けようとする。が、開かない。何度か試した後、ウェンディは扉から離れ、途方に暮れたようにそれを見つめた。
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