迷い

 それもローズは既に聞いていた。何故か扉が開かないのだと。鍵がかけられているわけでも、中から誰かが扉を塞いでいるわけでもない。窓から入ろうと、ジェンキンズ氏がはしごをかけて上ってみたが、しかし窓は開かず、また室内には誰もいなかったらしい。


「クリスが何かいたずらをしているのかもしれないわ」


 ローズは投げやりに笑った。ミランダが驚いて反論した。


「何のために? それにどうやって? ……そうじゃないわ。クリスじゃない。嫌な予感がするって言ったけど、なんていえばいいのか……嫌な気配がするのよ。私は魔力は強くないけど、何かこう、魔力めいたもの……なんだかよくわからない、ぴりぴりするようなもの……」


 大叔母さまの魔力だわ、とローズは思った。敷地内に入った瞬間にわかった。というよりも、家に近づくにつれて自然と気が付いていた。何かが起こっている、ということが。敷地内に一歩足を入れた途端、得体の知れぬものがローズの身体を駆け抜けた。それはここ最近ローズを悩ませていたもの、謎の魔力の、もっと凝縮されはっきりとした形になったものだった。


「ローズ、あなたなら気付いているんでしょう?」


 ミランダが言う。そう、気づいている。ローズは顔を背け、小さく言った。


「私の話を信じてくれる? 大叔母さまの魔力が残っているという話」

「今なら信じられるわ」

「前はそうではなかったのね」

「ローズ……。そんな言い方をしないで。私は魔力が強くないから、あなたが感じ取れるようなものを、感じることができないのよ」


 そうだ。ミランダの言う通りだ。だから、自分がいつまでも臍を曲げているのはおかしいのだ。それはローズ自身も分かっていることだった。


「――ヴェイン先生のところにも行ったの。クリスとベルベットが消えてしまった、って。変な気配がするって。でも先生は大丈夫だって言ってた。心配することはないって。先生は優れた魔法士だから、信頼しているけど、でも私は――どうしても不安で……」


 そのこともローズは既に聞いていた。青い顔のミランダに、ローズは素っ気なく言った。


「先生が大丈夫って言うなら、そうなんでしょう」

「でも……! 本当に、そうなのかしら。……ローズ、あなたは心配じゃないの?」

「私は……」


 ローズは黙る。そんなローズに、ミランダは追い打ちをかけるように言った。


「あなた、クリスと仲良くしてたでしょう? そうよ、あなたの時には、大叔母さまの部屋で、二人一緒に奇妙な目にあった。でも私の時はそうじゃなかった。私は……何故なのか、一人はじき出されてしまって。私の魔力が足りないから? そうよ、ローズ、あなたみたいに私も魔力があれば……。ねえ、ローズ」


 ミランダはローズに近づいた。そしてその顔をじっと見る。ローズも気が進まぬままにミランダを見た。


「――あなたの魔力があれば、クリスを助けることができる?」

「無理よ」


 すぐに、ローズは言った。そんなことができるとは思えない。今、屋敷内に満ちている魔力は今まで出会ったことがないようなものだ。確かに大叔母のものだとは思う。けれどもそれは生前の大叔母がまとっていたものとは違い、どこか奇妙に変質している。


 ローズのすばやい否定を、ミランダは受け入れる気はないようだった。さらに重ねて、ローズに言う。


「どうしてそう思うの? 一緒にいたのが私じゃなくてあなただったら……。クリスは一人で消えることもなかったと思う。あなただったら……何かできてたんじゃないかと……。ローズ、クリスを助けてほしいの」


 ローズはまた目を伏せた。




――――




 ジャスパー家にやってきたアンソニーはたちまち、邸内が騒がしいことに気付いた。手近なところにいた使用人を呼び止めて、理由を聞いてみる。何やら不可解な出来事があったらしい。その使用人も、一体何が起きているのか、正確に理解しているようではなかった。アンソニーは一通りの話を聞くと、ヴェインの部屋へと向かった。


「ヴェイン先生」


 声をかけて、扉を開ける。そこにはヴェインがいた。イライザの秘書であり、長くジャスパー家と付き合ってきた女性だ。ジャスパー家の子どもたちの家庭教師でもあり、アンソニーもまた、彼女に勉強を見てもらっていた。


 ヴェインは椅子から立ち上がり、アンソニーの方へ近寄った。この女性は、普段からあまり感情を見せない。今日もまた、いつもと変わらず落ち着いていた。


「どうかしたのですか?」

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