9. 消えたクリス
ミランダとの探索
数日後の休みの日、クリスは珍しくローズではなくミランダに呼び出された。ベルベットも一緒に、ということだった。何の用だろうと思い屋敷に行くと、待っていたミランダが開口一番こう言った。
「ローズと二人だけで楽しんで、ずるーい!」
一体何のことかと面食らう。間を置かず、ミランダが事情を説明した。ローズから大叔母の魔力の一件を聞いたこと。それから大叔母の部屋で不思議な目にあったという話も聞いたこと。
「二人だけで、こっそり調べ事なんてずるいー。どうして私も呼んでくれなかったの?」
どうしてもこうも、ローズに口止めされていたのだ。ミランダは不満げだったが、すぐに気を取り直した。
「私もその件が気になるの……。そこで今日は、ベルベットとあなたと一緒に大叔母さまの部屋に行こうと思うの。どう?」
どう? と聞かれてはいるものの、ミランダはとてもやる気で断れないような雰囲気だ。クリスは大人しく彼女に従うことにした。
――――
イライザの部屋に向かって、ミランダと歩いて行く。以前、イライザの部屋で奇妙な目に会った日、あの日は雨だった。窓のない廊下は薄暗かったが、今日は明るい春の午後だ。うららかな、眠くなるような空気が漂っている。
「――そりゃあね、信じてあげられなかったのは悪かったと思うの」
隣を歩くミランダが言う。大叔母の魔力が残っているかもしれないという話だ。ローズがそれを主張したが、二人の姉はそれを否定した。
「でも……私にはわからなかったし……。私はローズのように魔力が強くないから。それに魔法士であるヴェイン先生も否定していたし。そうしたらやっぱりヴェイン先生のほうを信頼して、ローズは何か勘違いをしているのだろうと思ってしまうものなのよ」
ミランダはそうは言うものの、いささか表情が渋い。でもねえ、と言い、小さくため息をついた。
「ローズの言うことは本当だったのかも……とも思えてきたし……。だから自分でちょっと確かめてみたくなったの」
廊下の突き当りまで来て、階段を上る。クリスは上りながら聞いた。
「怖くないんですか?」
「何が?」
「その、イライザさまの部屋でまた変なことが起きたら、とか……」
正直クリスは少し不安に思う。ミランダは笑った。
「私はそんなに。また同じようなことが起こるとは……あ、あなたたちの話を信じていないわけではなくて……。――うんまあちょっと、やっぱり、信じがたいような気持ちがないわけではないけど」
正直なミランダであった。
二人は扉の側までやってきた。「じゃあ、開けるわよ」そう言って、ミランダがノブを押した。
八角形の部屋がそこに広がっていた。以前に来たときと何も変わっていないようだ。きちんと片付けられ、清潔さと秩序正しさと、そしてよそよそしさでもって二人を迎えている。ミランダは中に入っていった。
「この部屋に来るの久しぶりだなあ」
辺りを眺めまわしている。「大叔母さまが生きているときはたまに入らせてもらったの。どこか謎めいて見えて、魅力的な部屋だったなあ。大叔母さまが亡くなってからはそんなに……。ちゃんと掃除をしたりして手を入れていることは知ってたけど、今後どうするんだろうと思ってたの」
クリスも室内に入った。前に着たときの記憶が蘇る。どうも落ち着かない気持ちになってしまう。ベルベットも足元を歩いている。先に入っていたミランダがくるりと振り返り、言った。
「何か、感じる?」
「何かというと」
「魔力とか、そういうもの」
「いえ、特には……」
何も感じない。ただの部屋だ。そしてごく普通の、休日の午後だ。
ミランダは首を傾げていた。何かに耳を澄ましているかのようだ。そして諦めた顔でクリスに言った。
「私もなの。何も感じない」
ミランダは部屋を見渡す。「ローズだったら感じるのかな。私はローズではないから……」
再びクリスを見ると笑顔で言った。
「ローズは魔法に関しては天才的な子でね。私とは全然違うの。それが羨ましかったけど……。でも、魔力はあったらあったで悩みも増えるのかしら」
小屋で泣いていたローズが思い出された。クリスからしてもローズは羨ましく思う。けれどもその分、背負うものも大きく、辛いこともあるのだろう。
「大叔母さまの再来になるんじゃないかとも言われてるの。ローズは否定するけど。でもあんまり期待を寄せすぎるのもね、きっと、プレッシャーよね。そう思うと、私は幸せなのかしら」
いたずらっぽく、ミランダは笑う。クリスもそれに合わせるように少し微笑んだ。大きすぎる期待というものは、クリスもまた感じたことはない。
「それはともかく、少し捜索でもしてみましょうかねえ」
そう言ってミランダは、部屋の小さな箪笥へと向かった。中を調べるつもりらしい。クリスはそれとは反対方向にある窓を見た。夢で見たことのある窓だ。この窓辺にイライザが立っていた。
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