打ち明け話

 ふいに扉が開いた。ローズがそちらを見ると、ウェンディとミランダが入ってくるところだった。二人は困惑の表情をしており、ローズの近くのソファに座った。そしてウェンディが戸惑いがちに口を開いた。


「――クリスが何か怪我をしたみたいだけど」

「私の魔力が暴走したの。謝っておいたわ」

「そう、そうなの……」


 ウェンディはいったん黙った。けれども話したいことがあるようだった。再び口を開いた。


「ヴェイン先生のところには行ってるの?」

「……何の話?」

「先生がおっしゃってたの。最近あなたが授業に姿を現さないって」

「……」


 ローズは黙った。クリスのところには最近行っていない。しかしだからといって、ヴェインの授業に出ているわけでもない。黙るローズを、ウェンディは心配そうに見つめた。


「ちゃんと行かなきゃ駄目よ。魔力が上手く扱えないのも、あなたがきちんと授業を受けないからよ。どうしてそんなに授業をさぼるの?」

「それは……」


 答えようとしたが、上手く言葉が出てこなかった。聞かれても、どう言ってよいのかわからないことがあるのだ。胸の中でもやもやして、上手く捕まえることができないものが。黙っていると、またウェンディの声がした。


「あなたにもいろいろ思い悩むこともあるのだろうけど……。でもみんなそうなの。思春期は、魔力の扱いが難しくなるわ。私もそうだった。あなたほどの魔力ではないけど。あなたは強い魔力の持ち主だから、もっと困難なこともあるのだろうけど、でもね……」

「みんな同じじゃないわ」


 ウェンディの言葉を遮るようにローズが言った。思春期の魔力の難しさは知っている。けれども自分のそれが、その他大勢と同じとは思えなかった。確かに悩みはあったとしても、それはそれぞれに違うものではないだろうか。


「同じじゃない……。私は……私は気にかかることが……」

「何かあったの?」


 ローズは迷った。ウェンディに話してもよいものか。一度、この件を話したことはあるのだ。しかしその時はきちんと受け止めてもらえなかった。迷いながら、様々な思いが頭を巡ったが、ようやく決心をした。というよりも、自然と言葉が出ていた。


「大叔母さまの魔力のことよ……」

「――前にもそんな話をしていたわね」


 ウェンディはちゃんと覚えていたようだ。「大叔母さまの魔力の気配をこの屋敷に感じるって。まだ気にしていたのね」

「……。そうよ、まだ気にしていたの」


 ウェンディの中ではとっくに終わった話になっていたらしい。ローズは苛立ちを覚えた。


「気になるの。確かにこの屋敷には何かがあるわ。たぶん、大叔母さまに関する何かが……」

「でもそれはヴェイン先生が否定していたじゃない」


 ヴェインは魔法士であるし、姉妹たちの家庭教師でもある。ジャスパー家の人々は彼女の判断に重きを置いていた。


 ローズもまた、ヴェインのことを信頼していないわけではなかった。自分の師でもあるし、魔法の力も確かに優れている。けれどもこの一件に関しては違った。以前もヴェインに話したことがあるのだ。けれどもそれは「気のせい」の一言で片づけられてしまった。ヴェインに一目置く気持ちは変わらないとしても、どこか、心の距離が変わってしまった。


「否定していたけれど……。でもやっぱりこの家には何かがあるの」


 そしてローズは語った。クリスと夜の庭で出会ったこと、大叔母の部屋に入ったこと。そこで不思議な体験をしたこと。今まで秘密にしていたことを二人の姉の前で喋った。今までずっと静かだったミランダが、驚きの表情でそれを聞いていた。ウェンディは真面目な顔で聞き終え、そして、首を傾げ小さな声を出した。


「そんなことが……。俄かには信じられないけれど……」


 ウェンディは半信半疑の表情だ。少し迷っていたが、やがてきっぱりとした声で言った。


「いえ、でも本当なのかもしれない」

「信じてくれるの?」


 飛びつくようにローズは言った。ウェンディはいささか固い表情だった。


「あなただけでなくて、クリスも不可思議な経験をしているのだもの。信憑性が出てきたわね」

「ああ……クリスを信頼しているってことね」

「というよりも、証人が出てきたから。クリスがあなたとぐるになって私たちを騙すとは思えないし」

「……それが信頼している、ってことよ」


 ローズは低い声で言った。何かが、苛立たしかった。けれどもそれを自分でも上手く表せず、もどかしかった。


「このことはヴェイン先生に言ったの?」


 ウェンディが尋ねた。ローズは首を横に振った。


「ううん。言ってない」

「じゃあ言ったほうがいいわ。ヴェイン先生に相談してみるのよ。私たちだけであれこれ考えても仕方ないし」


 また、ヴェイン先生か、とローズは思った。どうしてもそこに戻ってきてしまう。ローズが黙っていると、念押しするようにウェンディが言った。


「ヴェイン先生に話して、そして授業にもちゃんと出て――」


 ローズは聞いていなかった。ぼんやりと窓の外を見た。窓の向こうには庭が広がっていた。庭。クリスが働いている庭。そしてそこにはクリスとベルベットの住む小さな小屋があるのだ。


 また、あの驚きと恐れの表情が蘇ってきた。




――――




 一日が終わり、クリスは自分の家へと戻った。夕飯を済ませ、なんとなくぼんやりとしている。辺りはもう暗い。片付けも終わったテーブルで、クリスは物思いにふけっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る