8. すれ違い
試験結果
ローズは相変わらずしげしげとクリスのところを訪れる。ある日、クリスは躊躇いがちに、ヴェインとの一件を持ちだした。君が魔法の授業をさぼりがちで、ヴェイン先生が困ってると、クリスはローズの機嫌を損ねないように、気を遣いながら話した。けれどもローズはやはりいささか気分を害したようだった。
「別に……そんなに頻繁にさぼっているわけじゃないけど」
そうは言うが、その声に力がない。やはり後ろめたいところがあるのだろう。ローズはむっとしてクリスを見た。
「何故、あなたがそういうことを言うわけ?」
「それは、ヴェインさんに頼まれたからで……」
「ふうん。先生の味方なんだ」
「味方っていうか、あの……」
ローズはすっかりへそを曲げている。クリスは困ってしまった。困りつつ、懸命に言葉を探した。
「あの、でも、もったいないって思うんですよ。せっかく優れた魔力を生まれつき持ってて、それを生かさないというのは。僕なんかからすると羨ましい話で……」
羨ましいって、簡単に言ってもいいのかな、とクリスは思った。持てるものにはそれ故の苦悩もあるのだろう。それを知らず、ただ「羨ましい」と言ってしまうのは……。後悔したが、言ってしまったことはもう取り消せなかった。
「……あなたは、私がここに来るのが嫌なの?」
「えっ?」
予想外の問いが返ってきた。クリスが面食らっていると、ローズは真剣な顔をしてもう一度尋ねてきた。
「ヴェイン先生の授業に出たほうがいい、って。確かに私は先生の授業をさぼってここに遊びに来てるけど。それが迷惑なの?」
「いえっ、決して迷惑なわけでは!」
何か変な誤解をされてしまったようだ。慌てて否定するが、ローズの顔は曇ったままだった。そう、と小さく低い声でローズが呟いた。
「――じゃあ、私、もっと熱心に先生の授業を受けることにする」
ローズはそう言ったが、固い声のままだったので、クリスとしては落ち着かない気持ちになったのだった。
――――
ローズが心を入れ替えた、のかどうかはよくわからなかったが、クリスの小屋を訪ねる頻度が前よりも減ってしまった。正直、クリスとしては寂しい気持ちもあった。でも、ヴェイン先生の授業に出てるのならそれでいい。おそらくそちらのほうが、ローズのためになるだろう。
春の穏やかな日々が流れ、クリスもだいぶ新しい生活に慣れた。ローズだけではなく、他の姉妹ともちょくちょく会う。落ち着いたウェンディ、そして人なつっこいミランダ。あれ以来、弱ることもなく元気なベルベットは二人の愛情を一身に受けている。羨ましいくらいだった。
ある午後のこと、庭でミランダとばったり出くわした。顔が明るい。クリスを見たミランダはたちまち駆けてきて、いいニュースがあるの、と顔を綻ばせた。
「あのね、お姉さまが試験に受かったの!」
留学のための試験を受けると言っていた。その合格発表があったようだ。無事、ウェンディは試験にパスしたらしい。ミランダは我が事のように喜んでいる。
「お姉さまのことだから、絶対受かるだろうと思ってたけど! だから今日はうちでお祝いなの!」
ミランダにつられるようにクリスも嬉しくなった。以前、木の下でウェンディに出会ったのを思い出した。確か試験の三日前だった。今からあがくよりもリラックスしたほうがいい、とのことだったが、なるほどそれは正しかったようだ。
そこで、何かお祝いをしたいと思ったのだった。何か贈り物をしたい。が、何がいいのだろう……。仕事の間クリスは考えた。ふと、誕生日にローズに花を贈ったことを思い出した。あれは向こうも喜んでいたようだ。ならば花がよいかもしれない。
翌日は休日だったので、さっそくクリスは買い物に出かけた。小さな花束を作ろうと思ったのだ。花は庭で咲いたもので。しかしそれを包む綺麗な紙や、リボンなどが欲しかった。店を見て回り、金色の愛らしいリボンを見つけた。金色というのはやや派手かもしれない。けれども祝い事なので悪くはないだろうとクリスは思ったのだった。
屋敷に帰り、花を見て回る。ウェンディのイメージに合う花束を作りたかった。かわいらしさよりもすっきりとした美しさを。艶やかなガーベラ、白いマーガレット、楚々としたスイートピー、可憐なサンザシ。花々はどれも美しいが、あまりセンスがよいとは言えないので、上手い組み合わせがよくわからない。迷いながらクリスはようやく何とか、花束を作り上げた。
あとは渡すだけだ。屋敷に行こうとして、クリスはふと考えた。プレゼントを渡すのだから、恰好も何か気を遣ったほうがよいのかもしれない。けれどもあまりよそ行きの服装でもおかしいだろう。考え、普段着よりも多少は見栄えのするものを選んだ。鏡に映った自分を確かめてみる。悪くはない。そこで、ベルベットと一緒に庭に出たのだった。
よく晴れて、暑いくらいの日が差していた。花の周りを蝶が飛び、そんな中をクリスはベルベットとともに足取り軽く歩いて行く。と、ローズに会った。久しぶりのローズで何故か少し緊張した。前みたいにもう少し、こちらを訪ねてくれてもよいのに、とは思うけれど、そんなことは言い出せない。
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