大叔母の部屋
強い魔法の力を持っているけど、今はスランプだって言ってたな、とクリスはローズの姉たちから聞いた話を思い出していた。思春期だからとか……それもあるかもしれないが、ここはやはりこの一件がローズの胸を騒がして、魔力に影響を与えているのだろうか。聞きたいけれどあまりあれこれ尋ねるわけにもいかない。
廊下は薄暗いうえに、今日は雨のせいか、なんだか湿気が肌にまとわりつくような気がした。もうすぐ部屋の扉にたどり着く、というときに、後ろから誰かの声がした。
「何をやっているのですか」
厳しい声だった。いくらか年をとった女性の声。振り返るとそこに、ヴェインがいた。
――――
「何をやっているのですか」
ヴェインはもう一度訪ねた。廊下の先には窓がある。そこから入る光を背負って、ヴェインが立っていた。イライザの秘書だったという女性。今はジャスパー姉妹の家庭教師をしているという。初日のお茶会で、まるで家族の一人であるかのように参加していた。ジャスパー家とは長く、親しい付き合いをしているのだろう。
そのときも、なんだかとっつきにくそうな人だと思った。ほとんど笑わない。今もまたそうだった。逆光で表情はよく見えなかったが、声に笑いはなかった。むしろ、わずかに怒り、とがめている。
ローズも動揺しているようだった。けれどもすぐに返した。
「ちょっと大叔母さまの部屋に行こうと思って……」
「何のためにですか?」
「それは……」
ローズが戸惑っていると、ヴェインが近づいてきた。その姿がどんどん大きくなる。すぐ側まで来て言った。
「特に用がないのならば、入る必要はないでしょう?」
ローズは黙った。きゅっと口を結んで、イライザの部屋に行く目的を打ち明ける気はさらさらないらしい。
「あの、申し訳ありません!」
嫌な空気がいたたまれず、クリスは咄嗟に言った。「あの、ちょうどイライザさまの話をしていて、僕が部屋を見せてほしいと言ったので……」
「あなたが?」
ヴェインがクリスに視線を向ける。冷ややかな目だった。クリスはどきりとしたが、前言を撤回するわけにはいかない。
ヴェインはじっとクリスを見た。しかし、一介の庭師にはさほど興味はない、といった目だった。ヴェインは素っ気なく言った。
「イライザの部屋は立ち入りを禁止しているというわけではないけど……あまりあちこちと興味を持たれるのはそんなに気分のよいことじゃないわね」
「申し訳ありません!」
再び、クリスは謝った。ローズはずっと黙っていたが、頭を下げるクリスの腕を、急に引っ張った。
「下に行ってお茶にしましょう」
ローズはそう言って歩き出した。ヴェインとすれ違いさまに短く言葉をかける。
「じゃあ、ヴェイン先生、また」
クリスは抵抗もできず、ローズに連れていかれた。その後をベルベットが追いかける。クリスはちらりとヴェインを見た。ヴェインは立ち止まったままこちらを振り返り、去っていく二人を見ていた。その表情はやはり冷たいものだった。
――――
「……えっと、ありがと」
居間で本当にローズと二人、いや二人と一匹でお茶をすることになった。ソファに座り、温かいカップを持って、伏し目がちにローズは言った。なんのことだろうと思っていると、ローズがいささかぶっきらぼうに付け加えた。
「さっき、私をかばってくれたでしょ。大叔母さまの部屋に行こうとしたこと。自分のせいにして……」
「ああ」
そのことか、とクリスは思った。「別に大したことじゃないですよ」と、笑って言う。あの状況から逃れたいためにただ口から出ただけの言葉なのだった。何か考えがあってというより、反射的な行動なのだ。
ローズはやはり少し目を伏せたままだ。その隣ではベルベットがちょこんと座って、もしゃもしゃと焼き菓子を食べている。少し沈黙があって、クリスは何となく居心地が悪くなったが、ローズがふいに、小さくため息をついた。
「ともかく……あそこで、ヴェイン先生に会ってしまったのはよろしくなかったわね」
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