ウェンディの夢
「どういうものなの?」
ミランダはあくまで無邪気だ。クリスはためらいがちに答えた。
「えっと、植物の言葉がわかる、とか……」
「すごーい! じゃあ、この木は何て言ってるの?」
そう言って、ミランダはサクラの木を指差す。クリスは口を閉じて神経を尖らせた。風のざわめきが聞こえる。ゆっくりと、木がこちらに近づいてくるように、イメージの中で大きくなっていく。クリスは耳を澄ました。暗闇の中に手を入れて、そこから何かを拾うように。そして、おずおずとまた口を開いた。
「……えっと……。天気がよくて、暖かくて、風が気持ちいいな、って……」
ミランダが少し困惑したような真顔になった。クリスは急に恥ずかしくなった。ずいぶんと普通のことを言ってしまった気がする。魔力がない人間だって、これくらいのことを言えるだろう。赤くなって、思わずミランダから目を逸らしてしまった。
「この木は幸せなのね。よかったじゃない」
取りなすようにウェンディが言った。クリスはほっとして、そして気を遣わせて申し訳なくも思った。そしてウェンディはやはり年長者だ、とも思った。頼りになる。
「ミランダ、あんまり魔法の力をせがむのはよくないわよ」
続けて、ウェンディはミランダに注意をした。「魔力はそんなに気軽に使ってはいけないものなの。あなただってよくわかってるでしょ」
ミランダは少ししょげた。「ごめんなさい。私、ついうっかり……」
「あ、いえ、気にしなくてもよいですよ」
別にミランダが悪いわけではない。微妙な空気をなんとかしたくて、クリスは慌てて言った。
「あの、僕の力は全然大したことがなくて。ほんと、ジャスパー家の人々に比べたら、全くどうしようもないようなもので」
「私の力だって大したことないわよ」
「私もよ!」
ウェンディ、それからミランダが続けて言った。ミランダは自分の過ちを何とかしようとでもしているのか、妙に力が入っている。
「私もほんと、全然なのよ! ローズはすごいのだけど」
「そうね。私だっておんなじ。でも私は魔力そのものに興味があって……。不思議なものでしょう?」
ウェンディがクリスに言う。確かにウェンディの言う通りだった。魔力。このいまだに謎めいた部分が多すぎる、不思議なもの。
クリスはベルベットを見た。ベルベットはリンゴに若干手こずりつつも、せっせとそれを食べている。竜もまた不思議な生き物だ。そもそもその卵がどこから来るのかさえもわからない。一説には、竜と魔力は同じところからやってくるのでは、と言われているが、本当にそうなのかはわからない。
ウェンディが落ちてくる花びらを見上げながら、言った。
「だからね、私、魔力の研究がしたいの。外国にそういった研究で有名な学校があって……私そこに留学したいの。今度そのための試験を受けるつもり」
「すごいですね」
魔力を不思議なものだと思っているところは同じだが、クリスにはそういう志はない。ウェンディはクリスを見て少し照れくさそうに笑った。
「試験に受かるよう、祈っててね」
「はい」
「受かるわよ! お姉さま、頭がいいから」
ミランダがきっぱりと言う。
ベルベットはようやくリンゴを食べ終えた。そしてお腹いっぱいになったのか、ぱたぱたと日向に駆けだしていった。緑の芝の上を転がるように走り、遊んでいるのか、時折両手を広げてみたりする。その様子を見て、ミランダが、かわいいと笑った。陽は和やかで、サクラの木だけでなく、クリスもまた幸せな気持ちに満たされていた。
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