ローズは思春期

 クリスも鮮やかな黄色が美味しそうなたまごサンドをもらう。口にして、なるほど、料理上手というのは確かなことだな、と思った。ウェンディとミランダもそれぞれに食事を始めた。


「新しい生活は慣れた?」


 優しく、ウェンディが聞いた。クリスは頷いた。


「はい。まだ勉強不足なことは多いんですけど、ジェンキンズさんにも親切にしてもらってますし……」

「あのおじいさんいい人よね」


 横でミランダが言った。「私たちが小さかった頃は、よく庭でジェンキンズさんにくっついてたなあ。お手伝い……といって実際には邪魔していたようなものだけど」


「一番懐いていたのはローズじゃない? 私はちょっと、人見知りなところがあったから」


 ウェンディの言葉を聞いて、ふと、クリスは三姉妹の末娘のことを思い出した。最近は会っていないが、ここにもいない。クリスは二人に尋ねた。


「ローズさんは今日は一緒じゃないんですか?」

「あの子は友達と遊びに行ってるの」


 ウェンディがあっさりと答えた。ミランダがサンドイッチを頬張りながら、少し首を傾げる。


「一応誘ったのだけど~、まあ友達と仲良くやってるのもよいことだしね。でも最近はちょっと素っ気ないわね。姉離れなのかな~」


 クリスは最初に会った、お茶会の時のローズ、それから夜の庭でのローズを思い浮かべた。最初はあまりこちらに近づいてこない子だという印象を持った。次は……少し状況が特殊だったので、はっきりと性格が掴めないような気はするが、意志の強そうな子だな、とは思った。結局のところ、彼女のことは今も全然わからない。


「ローズは思春期なのよね」


 ほう、とため息をついて、ミランダは言った。


「思春期、ですか」

「そうそう。いろいろと思い悩むことがある時期よ。私にもあった」

「そうだったの?」


 ウェンディが大げさに目を丸くしている。「呑気に美味しいものを食べてるだけかと思った」

「あったわよー。失礼な。まあでも誰にだってあるのよね。そういう時期」

「ローズさんは何に悩んでるんでしょうか」


 そう言って、クリスははっとした。夜の庭での会話が蘇る。けれどもあれは他人に口外してはいけないと言われている。滅多なことは喋れない。


「具体的な悩み事は知らないけど。まあでも周りの年長者にちょっと距離を置いてみたり、反抗してみたり……。特に理由もなくてもそういうことをしたくなる年頃なんじゃないかしら」


 ウェンディは言う。クリスは、イライザの魔力のことを思い出していた。この二人はどこまで知っているのだろう。何も知らない、または何も気づいていないのだろうか。聞きたいけれど、どう聞いてよいのかわからない。


「ローズはね、私たち姉妹の中では一番の魔力の持ち主なのよ」


 ミランダが言った。どこか得意そうだ。自慢の妹なのだろう。


「私たち一族はたいてい――みんなじゃないけど――魔法の力を持ってる。でもローズのものは特に強いの。大叔母さま……程ではないかもだけど、でもきっとすごい魔法士になるわね」


 ミランダは無邪気だ。屈託なく、妹に嫉妬もしていない様子で微笑ましい。しかし、ちょっと顔を曇らせて、でも、と続けた。


「でも、最近はなんだかスランプみたいね。ローズが素っ気ないのはそれもあるのかも……」

「思春期って、魔力が不安定になったりするものだから」


 そういう話はクリスも聞いたことがある。魔力はデリケートなものなのだ。本人の体調やメンタル次第で、弱くなったり強くなったりもする。また、成長過程で消失する場合もある。もっとも多数の人は魔力など持っていないので、なくてもそんなに困りはしないのだが。


 クリスの力も大変弱いものなので、これはなくなっても特に変わりはしないんじゃないかと、自分でも思ってしまう。けれども将来を期待されているローズにとっては……魔力がなくなることは辛いだろう。


「心配ですね」


 クリスは言った。ウェンディはそうね、と同意した。


「でもこちらからできることってあまりないわね。それは本人の、ローズの問題で、彼女が自分で乗り越えるしかないものだから……」

「何か手伝いはしたいのだけど、ちょっと意地っ張りなところがあるからねえ、あの子は」


 ミランダは少し困った顔でリンゴをかじっている。そして、ベルベットに半分に切った小ぶりのリンゴを与えた。ベルベットは器用にリンゴをつつき始めた。


「そういえば、あなたも魔法の力を持っているのよね?」


 唐突に、ミランダがクリスに話を振った。クリスは少しどぎまぎして、ええ、と答えた。持っていることは持っている。しかしそれはとても微弱な力だ。自分でも時折忘れそうになるほどの。自信を持って、魔力持ちだと言っていいものか、悩む。

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