秘密ができる
「そしてこのことは他の人には言わないように。いいわね」
ローズは釘を刺すように言った。そして辺りを見回した。
「……大叔母さまの魔法の気配が……なんだか少し弱まった感じ。私は帰るわ。寒くなってきたし」
春の夜はまだ少し冷える。ローズはベルベットに近寄って、頭を撫でた。
「じゃあ、またね」
ベルベットにかそれともクリスにか、はたまたその両者か、それはよくわからなかったが、ローズは短くそう言うと、くるりと背を向けた。そして去っていく。突然現れた少女はこうしてまた突然に、夜の闇に消えてしまったのだった。
――――
小屋に戻り、クリスは再びベッドに入った。ベルベットはもう落ち着いている。くるりと身体を丸くし、そしてすやすやと眠ってしまった。いつもの夜の光景だ。
ベッドの中でクリスはあれこれと考えていた。ローズのこと。かわいい子だと思う。かわいい子と、秘密を共有することになってしまった。悪くない。なんだかくすぐったい。けれどもずいぶん向こうに主導権を握られてしまった気もする。あちらは主家の娘、こちらは使用人、仕方のないことなのかもしれないが……。
とりあえず、どうしようかと思っていた先生の頼まれ事であったが、これで少しは前進するのかもしれない。少なくとも、あの話が何か荒唐無稽なことでないということはわかった。もっとも、ローズという一人の少女が、イライザの魔力を感じると言っているにすぎないのだが……。あの少女は信頼してもいいのかな? でも特に怪しいところのある娘でもない……。
考えているうちにクリスは眠たくなってきた。欠伸をして寝返りを打った。……大叔母さまの魔力を感じると言っていた……あの子も結構な魔法を使うのかしらん……自分にもっと魔法の力があれば……彼女の役に……立てるのに……。
クリスもいつしか、小さな寝息を立てていた。
――――
一方その頃、ローズもまた自室のベッドの中にいて考え事をしていた。
クリスの部屋が質素で小ぢんまりとしているなら、ローズの部屋は広く華やかだ。大きな、ふかふかとしたベッドの中で、ローズは暗い室内を見つめていた。暗いといっても今日はやけに月が明るい。白い月光が、部屋を染めている。まるで、夜の庭の謎めいた空気がひっそりと入り込んだかのようだった。
なんであんなことを言ってしまったのだろう、とローズは思っていた。大叔母さまのこと。あまり周りに打ち明けていないのに。家族の人に否定されてからは、誰にも言ったことがない話なのに。なんであの庭師に喋ってしまったのだろう。
考えてもわからなかった。あの庭師……。まあ普通の青年ではあるが、人はよさそうだ。だからなのだろうか、うっかり喋ってしまったのは。おまけに変な約束までしてしまった。話の成り行きとはいえ。あの人も面食らっていた。考えているうちに、頭にクリスの姿が浮かんできた。ひょろっとしてて、なんだか頼りない。弱そうに見えるけど、でも安心できる人のような気もする……。
いや、庭師はどうでもいい。ローズは思った。それよりも大事なのはあの竜だ。ベルベット。丸くて白くてふわふわしてた。触ったら柔らかで、黒い目が愛らしい。あの竜はきっと力になってくれる。そして、この奇妙な謎を解いてくれるに違いない……。
大叔母の魔力を感じ始めたのは最近のことだ。ふと、何かが肌に触れた。気配のようなものが、いつの間にか屋敷に漂うようになった。それは大叔母の魔力の色と同じものだった。でも家族はわからないという。ならば私の勘違いなのだろうか。でもいや、それは確かに「ある」――。なんだか気持ちが悪くなっていたところなのだ。
いっそ、ベルベットが自分のもにならないかなあとローズは思うのだった。昼間の話を思い出す。あの竜は、イライザと庭師の祖父が、この屋敷の庭で見つけたものなのだ。ひょっとしたらイライザさまの竜なのかもとクリスは言っていた。ローズもまたそう思う。けれども父や姉はそれを否定していた。すごくがっかりだ。
ローズは昔から竜が欲しかったのだ。竜を飼っている人が羨ましかった。自分だけの竜。すごく懐いてお利巧で、私のことをわかってくれて……。いつも一緒で呼んだらとんできてくれる。そんな竜が欲しかったのに。でも私にはいない。けれども何故かあのぱっとしない庭師にはいる。
なんだか妬ましい気持ちになってきた。馬鹿なことを考えている、と自分でも思えてきた。ローズは目を閉じた。早く眠ってしまおう。竜のことは――ベルベットが自分の竜でないことは残念だけど――仕方ない。でもこれからはしょっちゅうあのベルベットに会えるのだから。そして私しか気づかなかった不思議な魔力の気配を、たぶん、ベルベットも感じているのだから。
そう思うと嬉しくなった。
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