疑惑

「はあ」

「なんだかよくわからない、といった顔だな。けれども実は私にもよくわかってないのだ。私もそんなに力のある魔法士じゃないからね。でも力のあるものがそう言っている。だからそうなのだろう」

「でも、イライザさまは亡くなっていますよね」

「そう。だからおかしい。彼女は既にこの世にないのに、彼女の魔力の気配はある。ということはどういうことなのだろう」

「亡くなった後も魔力だけが残るということはあるんですか?」


 先生は首をひねった。


「そんな話は聞いたことがない。多くの魔法士もそうなのだ。だから皆不思議がっている。ただ、力の強い魔法士なら、自分のかけた魔法か何かを、死後も残しておくことは可能だろうとされている」

「では、イライザさまは何か魔法をかけたままにしておいて、それがいまだに残っている……」

「まあそういうことなのかもしれないが」


 先生は息をつき、薄くなった頭を掻いた。


「それでおまえに頼み事があるのだ。一体あの屋敷に残された魔力とはどういうものなのか……それを調べてきてほしい」

「僕がですか!?」


 クリスは驚いた。なんだかずいぶんと難しい役目を与えられてしまった気がする。それに自分はそんなに魔法の力が強いほうではない。クリスはおずおずと言った。


「あの……無理だと思いますよ……。そんな大任……」

「いや、無理ならそれでいいのだ。こちらもそんなに期待はしていない」


 少しほっとしたが、なんだか多少物悲しい。先生はいささか難しい顔をしている。


「しかしこちらもよくわからないことだらけなのだ。その、偉い魔法士たちが感知しているものは本当に存在しているものなのかどうかさえも、あやふやだ。仮にあるとしてそれは何なのだろう。高名な魔法士が死後も残すものとは何か? 良いなのか悪いものなのか、はたまたそれとも、危険なものなのか……」

「危険があるんですか?」


 クリスは尋ねた。不安になってきた。


「それも今の段階ではわからないのだ。まあひょっとしたら何もないのかもしれない。だから、そんなに熱心になって探さなくてもよい。ただ、心のどこかにその事をとどめておいてほしい、というだけなのだ」


 それからしばらく世間話などして、先生は帰って行った。クリスは自室に戻り、引っ越しの荷物を眺めた。これから楽しい新生活が始まるのだと思っていた。けれどもそれは、場合によっては、何か難しいものになるのかもしれない……。


 ――ジャスパー家の、優雅な午後のお茶会の中で、クリスはそのことを思い出していた。屋敷の敷地に足を踏み入れてから、何か魔力の気配はないかと、密かに神経をとがらせていた。けれどもそれらしいものは全くないように思えた。もっとも、自分の能力ではわからないだけかもしれない。


 この家の人々は、その魔力とやらに気付いているのだろうか、とクリスは思った。客間の面々をそっと見ていく。ミランダがお菓子を次から次に食べてウェンディにたしなめられている。ミランダは、私はいくら食べても太らないから、と反論する。それを聞いて、ジャスパー夫人はため息をついた。いいわね、そういう体質、私も若い頃は……。若い頃のジャスパー夫人は知らないが、今の夫人は確かにぽっちゃりしている。横でジャスパー氏が笑っている。


 ローズは相も変わらず興味がなさそうだ。そして、ヴェイン先生もやっぱり静かだ。日はうららかで、とても平穏な光景に見える。けれども彼らが、イライザの秘密を知っていたりするのだろうか。そしてそれを隠しているのだろうか。隠しているのなら、何のために? それとも高名な魔法士の残した魔力など、やっぱりないのだろうか――。


 ふいに、クリスの頭に奇妙な考えが湧き上がってきた。ひょっとすると、イライザは死んでいないのだ。死んでいないから、彼女の魔力が残っているのだ。イライザを死んだことにして、この家族はこの魔法士をどこかに隠している……。そこまで考えて、クリスは笑いだしたくなった。とても途方もない考えだと思われた。


 死んでいないとしたら、誰か別の遺体が葬儀に出されたはずだ。しかもイライザは病院で亡くなっている。それを偽装するのは困難なことだろう。そんなことができると思えないし、このほのぼのとした家族がそんなことをするとも思えない。するとしたら余程の理由で……。イライザ自身が我が身を死んだことにしようと周りに頼んだのだろうか。でもそうするとやはり何故……。クリスはそこで考えるのをやめた。考えたところで答えが出そうにない。


 ベルベットはすっかりなじんでしまい、今度はウェンディの膝に抱かれていた。優しく頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めている。やはり、どこにも悪も陰謀もなさそうな光景だった。

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