庭師と魔法士

 魔法といっても、できることは多くない。ただ、魔力があるものは、他の人より多くのことを「見た」り、「聞いた」りできる。けれどもそれは一種の不確実な予感でしかない。また、風を起こしたりものを動かしたりすることができるものもいる。が、これもまたそんなに強い力ではない。


 クリスもまたわずかながら魔力があった。ほんの少し、植物の気持ちがわかるのだった。祖父もそうだった。祖父はその力を生かし庭師になり、クリスもまた同じ道を選んだのだった。


 クリスとジャスパー家には縁があった。以前、ずっと昔に、祖父がこの家で庭師として働いていたのだ。祖父はまだ若いイライザを知っていた。初めて会ったのは、祖父がまだ20代半ばのとき、そしてイライザは10代後半であった。ベルベットもまたジャスパー家と、そしてこの二人と縁があった。


「ベルベットの卵はな、ジャスパーさまの庭で見つけたのだよ」


 祖父が、クリスにそう話していた。何度もしてくれた話だった。


「おれはそのときはまだ若かった。屋敷にはまだ幼いイライザさまがいて、よく庭を散策していたもんさ。イライザさまはちょっとおっかなかったね。……いやいい人だったさ。けれどもあんまり周りと親しくなさるタイプじゃなかったのさ。それにおれはただのしがない庭師だしね」


 祖父は、懐かしそうに目を細めた。


「イライザさまは……うん何ていうかな、ちょっと澄ました感じのある方だったな。でも綺麗な方でね。それに本心は優しかった。花が好きで、こちらの仕事にも興味を持ってらしたよ。おれはあんまり礼儀というのを知らない男だからね、よく馴れ馴れしく話しかけたもんだよ。最初はむっとなさっていたが、次第に打ち解けてくださった。うん、にこやかになったわけではないがね、こう、少し態度も柔らかくなった気がしたもんだ」


 陽だまりの中でお気に入りの椅子に座り、祖父は過去のことを語ってくれた。祖父は背が高くがっしりとしており、よく日に焼けていた。ごつごつとした手の感触が蘇る。幼いクリスは椅子の近くに座り、ジャスパー家の庭のことやイライザのことを思い浮かべていた。イライザの姿は新聞の写真などで見たことがある。確かに澄ました感じの人だった。厳しい、近寄りがたいおばあさんだった。クリスは彼女が若い頃のことを想像したが、上手くそれを思い描くことができなかった。


「おれは庭で作った花をプレゼントしたのだよ。イライザさまは花がお好きだからね。おれの仕事についていくこともあった。庭で二人で他愛もない話をしながら、歩き回る……。楽しかったよ。イライザさまはそんなにお喋りじゃないから、主におれが喋ってたがね。そんなとき、ベルベットの卵を見つけたんだ」


 祖父はクリスの周りで遊んでいるベルベットを愛おしそうに見た。


「木の根元に、柔らかな草の上に転がっていたのだよ。白く輝く小さな卵が。おれが、というか、おれたちが見つけたんだ。いや違うね。見つけたのはイライザさまの力だだろう。けれどもイライザさまをそれをおれにくださったんだ。おれは嬉しかった。あっさりと受け取ってしまったけど、今思うと、それはしないほうがよかったかもしれない。本当はイライザさまの竜だったんだ、こいつは」


 ベルベットは自分のことを話しているなど全く気付かない風で、クリスの膝の上に飛び乗ったり飛び降りたりしていた。祖父の顔がふと、くもった。


「イライザさまの竜だったんだよ……だから、彼女の元にいたほうがよかった。そしたら、もっと何か活躍していたかもしれない。イライザさまの魔力を生かす何かの役割を与えられて、あの場に卵が転がっていたのかもしれない。でももう遅いね……」


 それから祖父はベルベットの卵が孵るまでを語った。小屋で大事に保管していたこと。イライザがしげしげと様子を見に訪れていたこと。ついにその日がやってきたとき、二人で大いに感動したこと。「あの日頃、感情を表さないイライザさまが」と、祖父は言った。「本当に喜んでたんだ。顔を真っ赤にしてね。だからおれも嬉しかったんだ」


 けれど二人の、そして二人と一匹の幸福な日々は長くは続かなかった。やがて、祖父は職場を変えることになったのだ。悲しかったが、祖父はイライザと、そしてジャスパー家の庭にお別れを言った。ベルベットも祖父についていくことになった。新たな場所でまた庭師として働き、そして祖父は結婚をし家族が増え、たくさんの子どもたちがまた子どもを産み、クリスもそこに加わったというわけなのだった。


 祖父はあれからイライザに会ってないという。イライザは高名な魔法士となった。けれども祖父は一介の庭師に過ぎない。だから住む世界が違いすぎるし、会うこともできなかったのだ、と祖父は言った。この時、既にイライザは亡くなっていた。「会いたかったのだが」いつの間にか膝に飛び乗っていたベルベットを撫でながら祖父は言った。「どうも恐れ多い気がしてね。でも勇気を出して会いに行けばよかった。イライザさまもベルベットのことを気になさっていただろう」


 ベルベットは首を伸ばして祖父の顔を見た。それに笑みを返しつつ、祖父は話を続けた。


「あの庭にももう一度行ってみたかった。ベルベット、おまえもそうだろう。あの庭はおまえの故郷なのだから。いや、おまえの卵自体がどこから来たのかは、おれにもわからないが」

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