魔法の庭と白い竜

原ねずみ

1. 小さな白い竜

小さな白い竜

 小屋の片隅では一匹の竜が歩き回っていた。丸っこく片腕で抱えられるほど小さく、全身に毛がふさふさとしていた。長い尻尾もある。鳥のような、途中から毛のない二本脚がにょっきりと突き出ており、それで俊敏に動き回るのだった。ただ鳥と違い、羽はなかった。二つの前足は小さくここにもまた毛が生えており、その先端には脚と同じくうろこに覆われた、かぎづめのある細い手があった。竜は後ろ脚でもって器用に床の虫を捕らえると、それをむしゃむしゃと食べた。鳥と爬虫類の中間のような顔をしており、くちばしのような口が開かれると、そこに尖った歯がびっしりと生えていた。


 竜は白く、その姿はともすれば巨大な綿埃のように見えた。質素な小屋の中を巨大な綿埃が動き回る。けれども竜の飼い主であり、これからこの小屋の住人とある青年はそんなことを気にしていなかった。年の頃は18くらい、まだ若く、あどけない優し気な顔をした青年だった。彼はそれよりもこれからの自分の暮らしのことに気を取られており、そして初めて足を踏み入れたこの小屋を興味深そうに見回していた。


「ありがとうございます」


 荷物を持って、一人の男が小屋に入ってきた。それを見て、青年はそう声をかけた。男は運んできた物を、既に青年が運んできた荷物の横に並べた。


「一応、掃除はしたんだが。まあもうちょっと飾り付けでもすればよかったかな」

「いえ、これで十分ですよ」


 彼らがいたのは、あまり物のない部屋だった。中央に大きなテーブルが置かれ、その向こうに小ぢんまりとした台所がある。窓からは明るい春の日差しが差し込んでいた。高価な物は何もない、が、男が言うように掃除はされており、清潔な心地よさがあった。


 青年は――名前をクリスといった――嬉しい気持ちだった。予想以上に住みやすそうだ。これからここで暮らすことになる。来る前はあれこれ心配することもあったが。けれども実際に来てみれば、良いところのような気がする。


 クリスは駆け出しの庭師であった。今日からジャスパー家のお屋敷で庭師として働くことになったのだ。そこで庭の片隅に小さな小屋をもらった。代々、お屋敷の庭師はここで暮らしているらしい。そして下男のビルに荷物を運ぶのを手伝ってもらったのだった。


 持ってきたものはそんなに多くない。家具などはすでに小屋に揃っているのだ。クリス自身、あまり裕福ではないので、持ち物は多くない。室内を散策していた竜が飛び跳ねるようにクリスの足元にやってきた。そしてその足にまとわりついている。


「珍しいなあ。おれ、竜はほとんど見たことがないんだ」


 しゃがみ込んでまじまじと、ビルは白くふわふわした竜を見た。「よく慣れてるな。名前は何というんだい?」


「ベルベットっていうんです。元は祖父の竜で」

「ふうん。譲られたのか」


 竜の寿命はまちまちだが、大抵は一人の人間にしか懐かない。祖父が生きているうちはベルベットもそうだった。けれどもその死後は何故かクリスに懐いた。祖父と同じ庭師という職業を選んだからだろうか、とクリスは思った。


 竜。それは奇妙な生き物であった。彼らは卵で見つかる。けれどもその生態はほぼ謎に包まれている。卵は地中であったり草むらであったり、様々なところにあり、ごく稀に幸運な人間がそれを見つけることができる。卵は小さく掌にすっぽり収まるくらいの大きさで、その殻は真っ白な場合もあれば色とりどりの模様がついている場合もある。卵は三週間ほどで孵り、中から毛に覆われた奇妙な生き物が出てくる。それを人は竜と呼んでいる。


 彼らは一人の人間を――多くは発見者を――選び、彼らに懐く。寿命はまちまちだが、飼い主が死ぬと彼らもまた死んでしまう。祖父の後に、クリスを飼い主としたベルベットは異例なのだ。彼らの死もまた奇妙だった。卵はどこからともなく忽然と現れるのだが、彼らもまたある日、その肉体が忽然と消えてしまうのだ。


 肉体が消える前に彼らは驚くべき変化を遂げる。身体を覆っていた毛が抜け、全身うろこの生き物が出てくるのだ。そしてその身も大きくなる。5メートル、時には10メートルもの巨体となり、全身が輝いたと思うと、溶けるように消えてしまうのだった。


 消えた彼らがどこに行くのかは誰も知らない。卵が来た場所に帰るのではないかと言われている。が、それを確かめたものはまだいない。


 竜は、ベルベットは、じゃれるようにクリスの足元で跳ねている。ビルは笑って立ち上がった。


「荷物の整理を手伝おうか」

「え、いえ……あ、でも、よければお願いします」


 せっかく言ってくれてるのだし、甘えることにした。また、屋敷のことやジャスパー家のこともあれこれ聞きたかったのだ。




――――




 ジャスパー家は魔法士の一族と言われている。この世界で魔法が使えるものは、全体の4割ほどだが、ジャスパー家の人間はほぼ全員魔法の力がある。特に有名なのは、先代の妹のイライザだった。彼女は国家魔法士で100年に一人の逸材と言われたのだった。

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