第9話 観劇「犯罪王クロイツ(演劇集団宇宙水槽)」
※作品の内容に触れている箇所がありますので、過度にネタバレを気にされる方の閲覧はご遠慮願います。
※この文章を読んでくださっている関係者の方々、文中に間違い、ご不快にさせる記述がありましたら大変申し訳ありません。その際は、必要があれば訂正致しますので連絡願います。
✳︎✳︎✳︎
2019年9月、公演当日の鹿児島は秋を忘れたような酷熱の猛暑。
鹿児島中央公民館、開演三十分前。
受付の長机には差入れの花束が置かれていて、ホールに至る大扉の向こうから、気合の入った発声練習が漏れ聞こえている。
開場時間になると、二百弱ほどある席が当然のように埋まり、スタッフの手によって来客の誘導や追加の椅子の用意が行われている。
開演数分前、客の前に一人の役者が現れ、上演中の注意事項が述べられる。
コメディ色の強い『表』公演では、真面目な裁判長『シーソー・スピアランス』を演じる花牟礼氏が、シリアスな『裏』公演では、人望あつい司祭『シーソー・スピアランス』を演じる米山氏が、その役割を担う。
両公演とも、劇団のスタッフではなく、物語の進行を担う指揮者的な役どころの彼らが、上演中の注意事項を手際良く説明してゆく。現実と物語の世界との境界を曖昧にして、観客の没入感をより高めるための『宇宙水槽』お馴染みの演出だ。
定刻に開演。街の若手記者『シャン』が声高に「号外、号外!」と叫ぶところから、『表』の物語が始まる。
街の噂を独り占めする【犯罪王】クロイツが、遂に捕まった……壇上は法廷を模したつくりになっており、舞台中央に裁判長『シーソー』、左手にはドジで真面目な弁護人『オーティ』と、被告の弁護の依頼主『エトピリカ』が、右手には厳格な秀才検事『イゴール』と、クロイツ逮捕の功労者『チェスメル』が立つ。
裁判長は大入りの傍聴席にご満悦。客席に座っていると、まるで自分が『クロイツ』裁判の傍聴席に座っているかのような気分だ。
やがて客席の中央の通路を通り、被告『クロイツ』が登場、開廷の時刻が訪れる。
金色の王冠に、真っ白な剣を携えて、白黒のマントをなびかせる、噂の中の主人公・クロイツ。彼の犯した最初の罪は『脱獄』だという……冒頭に明かされる僅かな設定だけでもう、観客の少年心をくすぐりに掛かる手の速さ。まるで、放課後の図書室で古い海外の冒険譚を見つけ、埃を払ってわくわくしながら最初の数ページをめくっているような……座長・宮田の脚本は、そういう、大人になって久しく揺さぶられる事のなかった情動に忍び込む。
検事・イゴールがおもむろに懐中時計を取り出す。中世ヨーロッパ的な世界観は、宮田の最も得意とするところだが、コメディとシリアスを同時に成立させる演出の魔力は、宇宙水槽の演者達の七年間の経験が培った、極めてロジカルなものだ。
座長・宮田は、公演後に飲みに誘えば、その集合場所で次回作の脚本を書いている程の演劇野郎だ。その熱は役者たちを介し客席にまで伝播する。
一方、クロイツの『裏』公演では、『表』で敢えて描かれなかった全てのエッセンスが語られる。
囚人の男女の間に生まれ、幼少期を監獄で、死刑囚達に育てられたクロイツ。表公演で英雄譚のように語られるその経歴は、裏公演でその真価を発揮する。オスカー・ワイルドの『幸福の王子』を彷彿とさせる、彼(彼女?)の異常なまでの善意と純粋さが、極めてアイロニックに描写される。
ところで、『物語を書く』という行為が、凄まじくエネルギーを要す事だというのは周知の事実だが、『一度書いた物語を捨てる』という行為が、それ以上のエネルギーを要す事であるというのは、物書き以外にはあまり知られていない事実だ。
時間的、空間的リソースの都合でやむなく削除された物語もあれば、作品の世界観を壊さぬように削除された物語も存在する。それらの物語は、作者がそのキャラクターの為だけに生み出した、本物の物語だ。だが、校了原稿からこぼれ落ちたそれらの物語は、作者のノートの片隅に書き留められたまま、二度と日の目を浴びる事はない。
クロの眠りから五年を経て、クロイツの裏側を見れたのは幸福だった。『裏』公演が赤子の産声で始まる演出は、物書き・宮田が物語の裏に隠した切なる『卵』に思えてならず、旗揚げの時から宇宙水槽の公演に立ち会わせてきた身からすると、少しノスタルジックな気分にさせられてかなわない。
熊本で再演の予定があるという事だ。
本稿で興味を持っていただいた方々には、ぜひ彼らの本気の演技を見て頂きたいと思う。
今回の個人的なMVPは、表はチェスメル・ロンド役の西小野さん、裏はシーソー・スピアランス役の米山さんに捧げたい。
特に米山さん、あなた、毎度おいしい役を取りすぎではないか。ずるいわ。
https://cosmorium.jimdo.com
頭こぼれて nyone @nyone
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。頭こぼれての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
Drawing/nyone
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
我が家のベランダ菜園物語最新/藍条森也
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 57話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます