第3話 ケツマ○コ・クライシス(福岡県北九州市 小倉名画座)

*注意事項

当記事は多少下劣な内容が含まれていますので、不快感を覚える方の閲覧はお控えください。また当記事に同性愛者の方を卑下する意図は一切ありませんので悪しからずご了承ください。




 成人映画館というものに以前から不思議な憧れのようなものを持っていた。

 このインターネット全盛期にあって、アダルトビデオや各種ポルノが湯水のように生み出されては消費される昨今、わざわざ人目を忍んでうらびれた通りの成人映画館に足を運びポルノを観るというのはどういう気分なのだろう。

 この現代にしぶとく生き残るあの魅惑の施設には、きっと俺のようなひよっこには想像もつかぬ濃密な文化が醸し出されているに違いない。そのような事を、考えていた。


 三連休の福岡滞在中に、友人の男(以降、本文では『太郎』と表記)から北九州に行ってみないかと誘われた。特段用事もないので一も二もなく応諾した。

 翌日、俺と太郎は車にて北上、十時半頃に小倉に至った。

 『OCM』でチキンとチーズのサンドイッチを食べながら、これからの行き先を話し合う。


 ネットで『北九州 B級スポット』と検索したところ、面白そうな場所が見つかった。

 店を出た俺と太郎は小倉駅裏路地へ向かう。

 繁華街の一角を曲がり、ビジネスホテルやコインパーキングがある裏寂しい通りを抜けると『-君と僕の情報発信基地-薔薇族専門映画館』という怪しげな看板が見えてくる。

 小倉の有名なセクシー・スポット『小倉名画座』である。


 小倉名画座は看板の通り、小倉の有名な成人映画館であるらしい。

 思わずそこで記念写真をパシャリ。特に相談もせず映画館の扉を開けた(*一応注釈しておくと、この『名画座』には二つのシアターがあり、左は普通(?)に男と女の絡みを、右は薔薇映画のみが上映されている。当然我々は左に入った)。

 それがあのような惨劇になってしまうとは、その時はまだ、想像だにしていなかった。


 入館料1,000円を受付のお婆ちゃんに払い、シアターに入る。

 扉を開けた瞬間にいきなり女の喘ぎ声が爆音で流れてくる。最高潮である。

 客席は通常の映画館よりもずっと暗い。目が慣れてこないと、席に客が居るかどうかも分からない程だ。


『佐栄子……お前にプレゼントをあげよう』

 映画の男優のねちっこい声。

 女(佐栄子)の両乳首にリングが嵌められている映像。


 俺と太郎は携帯電話の灯りを頼りに、なんとか空席を見つけ、そこに収まる。

 目が慣れてくる迄の数分の間に、我々を新たなる衝撃が襲う。

 どうやら客が多いのだ。スクリーンの光の照り返しで分かる。

 スクリーン上では男と女(佐栄子)の激しいセックスの様子が放映されている。

 そしてスピーカーから流れてくる湿った音の合間を縫う様に、観客の益荒男達の『音』が聴こえる。

 それは衣擦れの音であったり、「あぁっ〜^^」という声であったり、何かファスナーの様なものを下ろす音であったり、よく分からないがひたすらビニール袋の様なものがガサガサ鳴る音であったりした。

 俺と太郎を緩やかな恐怖が襲う。


 漸く暗闇に慣れてきた目で会場をそれとなく見渡す。やはり男しか居ない……

 そしてやはり客数は想像以上に多く、満席と迄はいかないが存外埋まっている。

 それ以外にも会場の様子が見えてきた。

 シアタア後部に自動販売機(一応注釈しておくが飲物の、だ)が備え付けられており、そこを通り過ぎた先にトイレへの扉が見える。満席でないにも関わらず、自販機横に立ち見の客が多い。


 入った際に上映していた映画は程なく終了し、すぐさま次のタイトルが画面に表示された。

 『妹・OL・人妻 すけべ丸出し』


 暗い夜道を一人の女が歩いている。背後から足音が聴こえる。

 女がどこまで歩いても、足音は一定の距離を保ったまま、ひた、ひた、ひた、ひた…と付いてくる。

 女は恐怖に抗えず思わず振り返る!が、背後には誰もいない……その女の真後ろに仮面の男が!

 仮面の男アップ。ババーン!という効果音とともに、多分パワーポイントの効果で『激昂仮面』と表示される(あの横から文字がスライドしてくる効果だ)。

 そこで『激昂仮面』の決め台詞の様なものが入るが、滑舌が異様に悪く全く聞き取れない!

 『激昂仮面』が現代に生きる股の緩い女達をセックスで成敗していく。

 夜道で女達が犯されてゆくシーンでまた、益荒男達のえっちな声が会場に滲む。 


 画面は暗転し、いきなり太った男がベッドに腰掛けた女の股間を舐めている映像に変わる。

 男のモノローグ。『いきなり股ぐらから自己紹介もどうかと思うが……』この男も激昂仮面に負けず劣らず滑舌が悪い。

 男はどうやらこの『妹・OL・人妻 すけべ丸出し』の主人公で、いま丁度妹の股間を舐めていた所だった(以降『お兄ちゃん』と表記)。

 妹はセーラー服を着ているが、肌の感じから多分三十手前だと推察する。

 妹は最近えっちな事に興味津々。自慰の回数は日に三回との談。

 映画はそれからお兄ちゃんのアルバイト先(ポスティングの会社だ)の社長(男)、OL、ポスティング先のマンションの人妻(セックスレス)等が紹介されていく。

 お兄ちゃんが人妻の母乳を直飲み(出会って一分経過頃だったと思う)している場面辺りで、俺と太郎はこのシアターの異様な様子にもう一つ気付いてしまう。


 観客の益荒男達が、やたらと皆トイレに入っては出て行く。

 おおよそ、一分に一人の割合で出入りがある(誇張なしだ)。

 それも、二〜三人立て続けに入ったり出たりしている。

 ……俄然興味が湧いてしまう。

 あのトイレの中でどのようなやり取りが交わされているのか。


 劇は急転する。

 お兄ちゃんの担当するポスティング先の地区で強姦魔(先述の激昂仮面だ)が現れたのだ。人妻もOLもヤられる。警部が動き出す。お兄ちゃんはなぜか当然のように強姦魔(激昂仮面)ではないかと疑われ、警察の事情聴取を受ける事となってしまうが、その容疑は直ぐに晴れる(激昂仮面の残した精液がお兄ちゃんのDNAと一致しなかったのだ)。

 場面変わって曇り空の帰り道。お兄ちゃんがボヤく。

『そう、女は簡単にはヤらせてはくれない。なのに何故神は男にチ○ポを与えたもうた』

 名リリックだ(そうは言っているが、お兄ちゃんは五分程前、職場のOLの部屋に上がり込みセックスをしている)。

 お兄ちゃん帰宅。

 出迎えた妹は不機嫌である。お兄ちゃんが強姦魔ではないのかと疑っている。

 お兄ちゃんの弁解によって、なんとか妹からの容疑も晴れる。

『プレイもレイプも同じ文字の組み合わせだもんね!』

 容疑が晴れた結果、妹がよく分からない事を言う(よく分からなかったが印象的な台詞だったので覚えている)。


「nyone(俺の名前だ)、僕ちょっとトイレ行ってくるから……」

 左隣に座っていた太郎を見やる。好奇心で輝く目に放尿の意思は感じられない。

 奴も気になっているのだ。あのトイレで催されている「「「なにか」」」に。

 太郎がトイレに向かう。

 奴が帰ってきたら俺も行こう、と思いつつ、引き続き映画を見る。


 取り調べの後日、お兄ちゃんが職場に向かう、が、オフィスは閉まっており誰も居ない。

 自動ドアの前で立ち往生しているお兄ちゃんの携帯に、OLから電話が掛かってくる。衝撃の事実が告げられる。

 強姦魔(激昂仮面)の正体はなんとアルバイト先の社長だったのだ!

 OLは社長とも肉体関係を持っていた(!)。社長はなにくれとOLに言い寄っており、最近はOLに対しストーカーまがいの事をするようになっていた。そのスト活の中で、社長がOLの部屋に仕掛けていた盗聴器が、お兄ちゃんとOLのセックスの場面を盗聴してしまったのである。

 義憤に燃えて腹も勃つあまり『激昂仮面』に変身した社長は、OLに『えっちな成敗』をしてしまったのであった。


 半ば呆れて電話を切るお兄ちゃんの待ち受けに、妹からの不在着信が表示されている。一件の留守電が残っている。

『いま、お兄ちゃんの会社の社長さんがうちに来てるんだけど……きゃあっ!なにするんでs』

 録音はそこで途切れている。

 妹(三十前後)が危ない!自宅に走るお兄ちゃんの映像が流れる。

 波乱に満ちた急展開である。


「nyone、やばい、やばい……」

 太郎が帰ってくるなり小声でそう言い出した。

 こちらの様子もお兄ちゃんに負けず劣らず尋常じゃない。

「どうした、何があった?」

「あ……いや、ここじゃちょっと、ごめん……」

 自分から話を振っておきながら、なにが起こったか喋らない。

 だが、早々にこの映画館を出ようと言う。ただ事ではない。

 ただ事ではないが、俺は割と映画の続きが気になっていたのでとりあえず最後まで見る事にした。


 映画はクライマックス。

 結論から言うと、妹は無事だった。

 部屋の花瓶で社長(激昂仮面)を殴り倒していたのだ。

 気絶した社長は病院に搬送された。

 激昂仮面は撃破されたのである。

 大団円(?)のまま、お兄ちゃんと妹はセックスへともつれ込む……

 お兄ちゃんが妹のセーラー服を脱がし、だらしない身体を開けさせながら訊く。

『お前はいつもどんな事を考えながらオ○ニーしているんだ?』

『……ズリネタのこと?』

 妹のこの返答に、前の席のおっさんも思わず苦笑。


 その後はお兄ちゃんと妹のセックスの様子が放映され、まもなくしてエンドロール(妹のズリネタがお兄ちゃんだったのは言う迄もない)。

 俺は太郎に促されるままシアターを出た。



 しかし。



 出入り口の所で太郎がぴたりと立ち止まる。

 どうしたのかと聞くと、恐る恐る、といった具合で返答してくる。

「いや、あの……前の通りに、青いジャンパー着てる人居るでしょ」

「ああ、居るね」

 確かに、『名画座』の前の通りに青いジャンパーを着た小太りの中年が立っている。

 誰かを待っている様子。


「……さっき、トイレの中で、あの人に、あの、誘われたんだよね」

「!」

 衝撃。


 ……まあ、とはいえ、十数秒後、通りの男と太郎を誘った男とは似た別人である事が判明し、我々は無事に商店街に戻ることが出来た。

 太郎を誘った男はまだ名画座に居るのだろうと思う。


 その後太郎から事情を聞いた。

 シアター後部のトイレは、太郎の下卑た想像とは裏腹に、特段変わった様子は見られなかった(只、ゴミ箱におびただしい数の丸めたティッシュが捨てられていたという供述がある)。

 そして小便器(二つあって、太郎曰く『二つの便器がやたら近かった』)で用を足し始めたとき、するり、と先述の青ジャンパーの男がトイレに入ってきたのだ。

 そして太郎の隣の小便器を陣取るなり、にこっと笑いながら顔を見てきて、

「お兄さんのエキス吸って良い?」

 と言われたのだという。


 これは怖い。

 太郎はそれから、ほうほうの体でトイレから逃げ出し、自販機前で向かい合って何かしていた男二人(通行の邪魔)に退いてもらい、やっとこさ元の席へ戻ってきたという次第だった。

 ……何故自販機前で男二人が向かい合っていたのか、何をしていたのかは定かではない。

 これはUFOや心霊現象の目撃証言を聴取する際にもよく見られる現象であるが、超常現象に遭遇した人間は軽いパニック状態に陥っており、現場をよく把握してない事が多いのだ(*後刻、太郎はこの状態を『オジサンドイッチ』と呼んでいた)。


 とはいえ、辛うじて太郎の貞操は守られ、我々は未だ引かぬ恐怖と興奮を伴ったまま、名画座を後にした。


 しかし、門を右に曲がった我々に、新たなる文化が勃ちはだかったのである!

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