第3話 愛玩動物
彼は目を覚ます。おそらくこの表現は正しくない。意識はしっかりしていたが、感覚というものない。身体や五感といったものは、初めから無かったようにさえ思えてくる。
だが、彼の見切りは早かった。ここが死後の世界なのだと彼は確信していた。何もない、広いようにも狭いようにも思えるその空間に、自分の意識だけが存在してる。意識以外のものを持ち合わせていない彼は、この事象に動揺することさえ無かった。素直な気持ちで事態を受け入れ、冷静な思考を持ち始めた。いくつもの疑問がよぎるなか、突然声が聞こえた。さっきも言った通り、彼には聴覚なんてものはない。なのに聞こえてくるのだ。声色も言語も理解できない。しかし、その言わんとしていることが理解できた。
「生命がここに存在するのは初めてだ」
男とも女ともとれないそれは言った。
彼も口はないが意思の疎通を試みる。意識の中でそれに語りかけてみた。
『ここは何だ?死後の世界か?』
なにもないはずの空間に彼の想いが響き、どうやら通じたらしい。
「生や死の概念とは別の場所だ。空間でもない、ただ意識だけがここにある。」
彼は質問を続けた。
『お前は何なんだ?何をしている』
ややあって、
「生命を創造したなにか。それが正しい表現だ」
意外にも冷静にそれを受け入れ、ただ一つの疑問が頭に浮かぶ。
『なぜ生命は存在する?何のために生命を生んだんだ?」
生から解放されてもなお、彼はこの疑問からは逃れられなかった。
「わからない」
『は?』
確実に回答が得られると思っていた彼には、あまりに衝撃的な一言だった。
「理由があったような気もするが、無かったような気もする。無数とも思える生命のサイクルを眺めているうちに、自分が何で、いつ生まれたか、なんのためにこんな事をしているか、わからなくなってしまった。残ったのは生命の永久サイクルを生みださなければならないという、使命感だけだ。」
それは続けていう。
「付け加えていうが、時間という概念はここには無い。時間というものは、観測されるものと観測するもの両者によって存在を認められる。ここにそれはない。はるか昔から存在しているようにも、今この瞬間に生まれた気さえする。」
混乱した思考を落ち着かせ、質問をぶつけた。
『俺は何故ここに存在する?死んだんじゃないのか!』
彼は意識の中で怒鳴った。
「さっきも言ったはずだ。生命がここに来るのは始めてだと。つまりお前は生きている。いわゆる仮死状態だ。」
『だったら何だ。生きているのにここにいるのか?余計意味がわからない。』
彼は狼狽した。
「それを説明するには、これを見てもらう。」
彼の意識の中に映像が流れてくる。スクリーンの映像というよりも、VRゴーグルを掛けている感覚だ。眼前には地球に似た星があった。彼の知っている地球に比べると緑や青が多いように思えるが、彼は何故かそれを地球だと確信できた。
『これは?』
「お前たちの地球の先輩だ。お前たちの宇宙の一つ前の宇宙だ。生命の永久サイクルを作るために今までいくつもの宇宙を作ってきた。そしてこれは、滅んだ宇宙だ。」
それがそう言うと、彼の見てた地球に彼の意識が近づいていく。そこで彼は、自分達の前の生命を目にすることになる。言葉を失った。むせ返るような吐き気と、言いようのない恐怖に支配されたのだ。
眼前には二足歩行をする人面豚ともいうべき、異形が溢れていた。そいつらは豚のように飯を食い、人のように体を重ね合い、快楽を求めていた。
『…こ、これは?』
かすれる声で彼は言う。
「この世界の生物には、生殖本能しかない。ただ生物が子孫を残す効率的なサイクルを確立するようにつくった。」
言葉を探すのに時間をかけて彼は言う。
『しかし、滅んだ。』
「ああ、分かりやすく言うならば、アリのコロニーだ。」
『 働きアリと、働かないアリか。働かないアリがいるコロニーは長く存在し、皆が働きアリのコロニーはすぐ崩壊する。』
「そのとおり、生殖活動だけをする生命はすぐ滅んでしまう。いくつも生命がそれで滅んだ。いくつも宇宙を生んで、滅んでを繰り返して証明した。」
それは質問を投げかける。
「君ならどうする?」
彼は素直に答える。
『不確定要素をシステムに組み込む』
それは変わらず続けた。
「そのとおり。それが君たち人が持っている感情だ。生命のシステムに感情という不確定要素を組み込んで生まれたのが人だ。それをいま観測している。」
彼は今までの出来事を整理して話す。
『なるほど。だがそれと、俺がここに来たのと何の関係がある?』
「感情という不確定要素それは進化のうち新しい仕組みを生み出した。いわゆるバグだ。」
「バグ?生命が持ってはいけないもの?」
「そう、<生きる理由の考察>。そこに疑問を持ち始めた。生命を永久に維持するシステムに従っていただけの生物がだ。ただ効率的に数を増やすように作られたものが、答えなど何処にもないそれを探しだしたのだ。ただ、このバグは対して気にするものではなかった。生命のシステムはバグを消す機能が備わっていたから。答えがない問いに対し、解答権を放棄する、ウイルスバスターともいえるものが備わっていた。それにより、人は疑問に思っても、結局は答えの出ないものだと思考を放棄するように出来ている。人は生きる理由がわからないまま生きていく。それが生命システムの軌道修正だった。」
少し間を開けてそれはいう。
「ただ君だけを除いて。」
彼は固唾をのんだ。
『そのバグでここに俺はここに来たって言うのか?』
「半分は正解だ。たしかにこのバグは生命の思想の域を超えいるものだ。だからといって所詮は生存本能に支配されたている。生存本能という作られてシステムに支配されている限り生命は生命だ。君だってわかるだろ。
君は死ぬ寸前、必死で生にしがみつこうとした。それが生物の限界なんだ。バグがどれだけ大きくなっても、生存本能がそれを覆い尽くすんだよ。」
『じゃあ、なんで俺は!』
感情が表に出た。
「君の場合は、もう一つのバグが生存本能の枷を一時的に外してしまったんだ。それにより、膨れ上がったバグは、人の、生命の域を超えた。生への探求心と、生存本能に支配されないものだけが、ここに来られるってことだ。」
『どういう意味だよ』
結論を求めた。
「君は死んでいないのに、死んだと錯覚が起きた。これがもう一つバグだ。死を覚悟した瞬間、死を受け入れた。死の先の答えが得られことに満足したんだろう。それにより、生存本能の枷が外れた。さらに、死を覚悟する直前まで君の中で膨らんでいたバグは、死んだら消えるが、奇跡的に君は生きてる。この2つが重なり、バグが残っているいる状態で枷が外れる事態がおき、その結果、この領域にまで達したってことだ。」
わずかな沈黙の後、
『それで俺はどうなる?』
単純な疑問であった。
「そのうち生きてる実感を取り戻りし、ゲージに囲まれたシステムの中に戻ることになる。」
『そうか』
彼は呟くように言う。
所詮、生命はそれの暇つぶしにでも作られたものだと実感してしまった彼にあったの虚しさだけ。
『最後にこれを聞いておきたい、お前は、俺たち、いや生命をなんだと思っている。』
「こちらは生命のシステムを作っているだけで、干渉することは一切できない。ただ眺めいるだけだ。宇宙が滅べば、次の改善点を考えて、また作る。その繰り返しだ。それしかすることがないのだから。」
その解答に、怒りを抱いた。生命の理由、自分たちの存在理由を探し続けてきた彼にとって、その全てを無駄だと宣告されたに、等しかったからである。
『俺たちはお前の愛玩動物なんかじゃない!』
感情をあらわにして言った。
「気を悪くしないでほしい。生命の永久システムを確立することで、新しい何かを得ることができると確信しているのだ。何の根拠もないのだが、確実にある。』
『そのために俺たちは使い捨てられるのか?』
構わず感情をぶつけた。
「いくつもの滅んだ宇宙から出来た生命システムの一部となるのだ。意味はある。」
『俺は知りたいんだ。何故生命は存在しなければならないかを、永久の生命システムの先を。』
彼の悪癖が出ていた。
「ならば好きにすれば良い。」
まるで予想していたかのような反応であった。と同時に彼の中に激流の如く情報が流れてきた。彼よりも大きな情報が彼の中に入り、頭の中で嵐のごとく暴れまわる。
しかし、その直後、彼の頭の中は、清々しく晴れ、どこまで見通せそうな空を思わせるほど、落ち着きを取り戻していた。
『これは生命のシステムか?』
静かな口調で呟いた。
「この宇宙をお前に託す。お前が来た時からそのつもりだった。さっきも言ったように、ここからは眺めることしか出来ない。システムを作ったあとはそれを見守るだけ。後からシステムの書き換えは叶わない。こことお前のいた場所はそれほど遠いのだ。だが、お前はじきに元いた場所へ戻る。つまりは、この場からお前のいた場所に行くことが可能な唯一の存在だ。だからお前に託す。いくつもの宇宙の上に成り立つ、このシステムを。」
『俺に生命の永久サイクルを作らせらつもりか?』
「自惚れるな。幾度も行った実験の1つに過ぎない。今のお前なら今の生命サイクルを終わらせるのも簡単だろう。そうなったらその経験をもとに新しい宇宙を新しいシステムで作るだけだ。しかし、お前は答えが欲しいと言った。なら自分自信で探してみろ。」
彼は浮遊しているような高揚感に満たされた。
『願っても無い。答えを探しにここまで来たんだ。今更怖気付いたりなんかしないさ』
その言葉を最後に、彼はまた元の檻の中に戻されていった。
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