第23話キャッチボールの基礎⑤

 古義の狙った通りに収まった球に明崎は「ナイスボー」と言いながら、やはりゆったりとステップを踏む。

 重心を乗せられた左足、真っ直ぐに伸ばされた右腕。

 先程よりも威力の上がった球。


「っ」


 カスッ。情けない音が古義のグローブから届く。

 ビビったのだ。本来は指の"付け根"付近で受けるべきだが、先程の痛みを覚えている身体が向かってきた球の威力に無意識的に怯え、瞬時に避けてグローブのポケットの上部で受け止めたのだ。


(なっにビビってんだよオレェ!!?)


 この程度で逃げるなんて弱腰もいいところだ。情けなさに古義は奥歯を噛んで、ポスンとグローブの平を叩く。

 ただ、ほんの少しだけ違うだけで、殆ど同じ競技だと思っていた。けれどキャッチボール一つとっても、投げ方も、球の威圧感も、 まるで違う。全く新しい競技をしている気分だ。


(いや、それが正解か)


 少なくとも古義には、ソフトの知識が一切ない。ならもうさっさと"新しい競技"として認識してしまった方が早い。

 心の中で頷きながら古義は一歩下がり、明崎へ投げ返す。今度は胸下付近。悪くはないだろう。


(っし、今度はちゃんととる!)


 気合満々、といった様子で足を大きく開き構える古義の姿に、明崎は思わず吹き出す。

 いや、気合十分なのはいいコトだ。部活終了時までその気合が保つのかと、若干の心配が過るが。


(ま、期待には応えてやらなきゃな)


 明崎は軽くステップを踏み、体重を左足へ。勿論、全力で投げているワケではない。今は"まだ"。

 とはいえ、先程と同等の威力を持った球は、初めてソフトのキャッチボールを行う古義に十分恐怖を与えるだろう。

 わかっているのだ。ただ、早く慣れさせたいが故に、古義の受け止められるであろう"ギリギリいっぱい"を放おっているだけで。


 本当ならば、"まだ二年近くある"古義は時間をかけてじっくり学び、"引退時に"最高の結果が残せれば良いのだろう。だが、人数に余裕のない現状では、多少強引にでも"使える"ように、出来たら"切り札"になって貰いたい。

 ごめんな、と。明崎は心の中で古義への謝罪を呟く。頭を掠めるのはこの部唯一の三年である深間の影。

 "最初で最期の夏"は、もう、目の前だ。


 パチーンッ!


 強く皮を弾く音と、「ッつ!!!!!」と声にならない古義の悲鳴が重なる。

 気合のあまり、今度はグローブの平で受け止めたのだろう。慌てて左手を抜き痺れを散らすように上下にブンブンと振る古義に、明崎は「大丈夫かー?」と声を飛ばす。


(いってぇぇぇぇぇーっ!!!!!!!)


「だ、いじょうぶっす!」と返しつつも、古義の目尻にジワリと涙が浮かぶ。

 冷たくも熱くも感じる痺れを訴えるのは肉なのか骨なのか。徐々に戻ってきた感覚に古義は真っ赤な掌をグーパーと繰り返し、再びグローブに押しこめる。

 まだ暖かい時期でよかった。これが冬だったらと思うと、ゾッとする。


 続けられるキャッチボール。古義は明崎の言いつけを通り、適度な箇所で「ワンバウンドにしまーす」と明崎へ告げ投球を切り替える。明崎の投球の軌道も直線的から山なりへ。古義の位置は二塁の後ろ、センターの付近だ。

 つまり、明崎はこの程度の距離ならノーバウンドで届くというコトだ。それも、ワンステップのまま、投球フォームも対して崩さずに。


(ひぇー、肩つっよいな。助走もなしかよ)


 以前、脅威のピッタリ投球を見せた高丘とどっちが強いんだろうか。


「おーし! そろそろ戻って来ていいぞー!」

「了解でーす!」


 少しずつ、それでも離れていく時よりも早いペースで距離を縮めながら、古義は投球をワンバウンドから通常へ戻していく。再び見えてきた二塁より進んだ付近でそろそろ終わりかと明崎を伺うが、「もっともっと」と手招かれ、更に距離を詰めていく。

 塁間の半分程の位置に来ても、明崎は笑むだけで終了の合図を出さない。流石に上投げでは威力の調整が難しいと下投げに切り替えた古義に合わせるように、明崎も下投げで返してくる。

 そのまま目の前まで続けて、明崎が「おつかれさん」と古義のグローブにボールを直接入れた所で終了。


「塁間が狭いぶん、こうやって至近距離のプレーになることも多いからな。キャッチボールではその練習も兼ねてギリギリまでやります」

「なるほど」

「いつもなら遠投から戻ってきて、塁間くらいの距離になったら速球を十本やるんだけど、古義はもう少し慣れてからってコトで今日は省略!」


 確かに、投げ方が不安定なまま速球を行ったらそれこそ肘や肩を痛めるだろう。

 明崎の説明に古義が「っす」と頷くと、明崎も「よし」と頷いて腰に手を当てる。


「んじゃネッティーでもやる……」

「すーぐるーん!」


 届いた小鳥遊の声に、古義と明崎が顔を向ける。


「もーすぐ終わっちゃうんだけど、打つー!?」


 見れば現在の打者は日下部だ。明崎は少し考える素振りをして、「わかった、そっち行く!」と小鳥遊に向けてグローブを掲げる。

 どうやらネッティーはパスして、ロングティーに合流するらしい。古義を振り返った明崎が「ま、どうせなら思いっきり打ったほうが楽しいしな!」と笑うので、古義は「っす」と頷く。打ち方なんかは、またその場で教えてくれるのだろう。

 肩を伸ばしながら歩き出した明崎に並び、古義も再開されたロングティーへ加わるため歩き出した。

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