第21話キャッチボールの基礎③
「左手はポケット部分が正面を向いてればこーやって相手の胸を指すように伸ばしてもいいし、肘から折り曲げててもいいんだけどな。まぁ今回は伸ばしてやってみるか。んで、ボールを持ってる右手は弓を引くように肘を後ろ、手は頬の少し後ろだな。"つ"っぽい感じ?」
「こうすか?」
「もうちょっと肘上げて……そうそう。肘は常に肩から上を意識な。で、ボールは地面向きっと。オケオケ。したら、肘の部分でマルを描くようにグルグルと回して」
「ぐるぐる……」
「ん、あ、ワリ。下の部分に行くときは肩より肘下がってもいいわ。あくまで"投げる時"に肘が上にあればいいから。もうちょっと大きく回してみ」
明崎の動きを真似しながら、古義はグルグルと腕を回す。同じようにやっている筈なのに、明崎の動きとは何かが違う。
「んんん?」と眉を顰める古義に、明崎が「ふむ」と呟く。
「"腕を回す"んじゃなくて、"肘を回す"って意識でやってみ」
「肘を、まわす」
「あとちょっと固いな……肘から下をピーンと張るんじゃなくて、力を抜いて手首をフリーに……」
明崎の指摘を一つずつ追っていく。肘で回して、力を抜いて、手首を柔らかく。
完璧ではないが徐々に明崎の動きに近づいた古義を見て、明崎は「よし」と隣に立つ。
「ボール貰えるか?」
「あ、ハイ」
「サンキュ。その動きをしながら投げてみるぞ。三回くらいにしとくか……。イチ、二、サンッ、で投げて、投げる時に左手は胸元に引き寄せて、身体は正面に捻る。足は左足の膝裏に右足の膝小僧がくっつく感じ。やってみるな」
グルグルと回して明崎が放った球が正面のネットにシュパッと沈み、地面に落ちる。相手がいたのなら丁度胸元の位置だろう。
滑らかな動きを真似するように古義はシャドウで一度身体を捻り、ネットへ近づいて球を拾い上げた明崎からボールを受け取る。
「ほい、お前の番」
「っす」
古義はしっかりとボールを握り、横を向いて構える。
グローブをはめた左腕を伸ばして、右腕は"つ"の字。肘から回して、イチ、二。左手を引き寄せて、投げる。
「あ」
放った球はホワッと曲線を描いて、ポフリとネットに皺をつくる。相手が人だったのなら、左腕をいっぱい伸ばしてなんとかキャッチ出来るという位置だ。
(うえぇぇぇぇ!!?)
想像以上に微力な投球に顔面蒼白になる古義に、明崎はクツクツと可笑しそうに笑いながら転がった球を拾い上げる。
「な、全然違うだろ? まぁでもフォームも崩れてないし、悪くないって」
「そ……すか」
(さよなら、オレの逆転劇……)
項垂れながら返球を受けとった古義の脳内で、先程思い描いていた友好的な蒼海と日下部のイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
しょーがない。古義は気を取り直して再び構えの姿勢をとる。
落ち込んでいても実力は変わらない。今出来るのは目の前の一つ一つを吸収していく事だ。
(……腕と身体の捻りがバラけてた感じがする。あと、足も。明崎センパイみたいに、ピシっと安定してなかった)
頭の中で明崎のイメージと重ね合わせ、再び腕をグルグルと回す。
一回、二回、三回目。左手を引き、右足を軸となる左足に引き寄せ、腕を落とす。
「っ!」
スポッと。先程よりも威力の上がった球がネットに沈み込む。
位置は丁度頭付近といった所だろうか。胸元ではないが、真っ直ぐ飛んだ。
「おお!?」と古義が興奮しながら明崎を見ると、少し驚いたような顔を向ける。
「古義、飲み込み早いな!?」
「そうっすか!?」
「おう、真っ直ぐ飛ぶまでもっとかかると思ってた。あ、いやマグレかもしんないけど」
「ちょっセンパイ、せっかくの感動を! オレ、褒められて伸びるタイプっすから!」
「そーなんだ? ワリワリ」
「とりあえず証明がてらもっかいな!」と返された球をパシリと受け取り、古義は構えながら浮つく気持ちを落ち着かせる。
(あー、なんかこのドキドキ感、初めてキャッチボールやった時と似てるわ)
初めて投げた野球ボールが飛んでいった時のワクワク感、指先に残った微かな痺れ。
すっかり忘れていた記憶が呼び覚まされる感覚。
(でも……)
調子に乗ると"ダメ"になる。あれから歩んだ日々の中で、知り得た古義自身の性質だ。
再び頭の中でイメージをして古義は構えの体制をとる。一球目よりはマシになったとはいえ、明崎の投球には及ばない。
まだ固いか。明崎は軽く放おったように見えたが、球には威力があった。
(ってことは体重移動と……手首のスナップか?)
意識的に手首の力を抜き、柔軟性を意識して腕を回す。引き寄せて、体重を左足へ乗せると同時に、手首を弾く。
シュパッと。離れた球は直線を描いて、今度は相手の腰付近でネットを揺らす。
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