第20話キャッチボールの基礎②

「どうだ? そろそろ良さそうか?」

「あっ、大丈夫っす」


 空想にムフムフと緩んだ頬を慌てて引き締め、古義は後方から響いた明崎の声を追う。

 その手には黒いグローブが一つ。古びているとまではいかないが皮はくったりと潰れ、使い込まれている印象だ。

「ほいっ」と。手渡されるまま受け取って、困惑したまま明崎を見上げる。なんだかデジャブ。


「あの……?」

「それ、前にオレが使ってたグローブ! 個人で馴染む形は違うし早めに買うに越したことはないけど、まだポディションも決まってないからな。暫くそれ使っとけ」


 グローブはどれも一緒だと思われがちだが、実はポディション毎に微妙に造りが違う。

 外野手用、内野手用(この二つは兼用できるモノが一般的だが)、投手用のグローブは"握り"が外部に見えないようポケット部分の隙間が塞がれているし、投球を受け止める機会が多い一塁選手の使う『ファーストミット』は捕手の使う『キャッチャーミット』に近い形をしている。

 つまり、古義が何処のポディションを目指して行くかによって購入するグローブが変わってくるのだ。


「スミマセン、助かります」

「いーっていーって! スパイクとかジャージは部で注文になるから、後でコレに数値書いてな」


 ピラピラと示すように振られたのは、先程顧問の田渕から受け取っていた用紙。なるほど、だから明崎はひと目で心得ていたのか。

 飛ばされないよう救急ボックスに折って入れる明崎を横目に、古義はグローブをはめてみる。


(っ、でっか)


 デカイ。野球より大きな球を受け止めるのだから当然と言ったらそうなのだろうが、"思っていたよりも"だ。

 そのせいか野球グローブよりもズッシリとしていて、重みのかかる手首はこれまでのように動かせない。


(え? これが標準なん?)


 コソリと明崎の拾い上げたグローブを盗み見るが、当然同じ大きさだ。古義よりも身体の小さな日下部はどうなのかと視線を移すが、遠すぎてイマイチよくわからない。


「どうかしたか?」

「っ! いえ! 明崎センパイってミットじゃないグローブ使ってたんすね!」

「お? おお。中学まではキャッチャー以外もやってたから二個使ってたんだよ。うし、キャッチボールすっか!」


「ボールはこの袋ん中にあるのがマシなやつな」と説明され、一つをグローブに入れられる。打球練習を重ねたボールは山(ギザギザの部分だ)が潰れて無くなり、表面もツルツルになってしまうのだという。


「それが三号ボールってやつ。よくテレビに出てる日本代表選手とかが使ってる黄色いのは皮製だけど、これはゴムな。中学ん時にソフトボール投げってやっただろ? アレと一緒」


 明崎の説明にフムフムと頷きながら手にとってみる。

 土色に薄汚れたボールは確かに以前、体力テストで見た記憶があるが、改めて見るとやはり大きいし重い。

 それに、野球ボールは球全体を四本指でしっかりと握れたが、ソフトボールは指全部と掌まで使ってもまだまだ後方が空いている。


「指、太くなるから覚悟しとけよ」

「え!? そうなんすか!?」

「そんなビックリする程じゃないけど、でもその球掴んで投げんのにやっぱ指にも筋力つくし、"やってない"ヤツと比べたらそりゃ太くもなるな」


「ほら」と差し出された明崎の掌の横に、古義もパーの形で並べてみる。手の大きさもそうだが指の太さが全然違う。

 身長差を考慮したとしても、明崎の指は関節毎にしっかりと"肉"がついているといった印象だ。

「ま、その辺りは野球でも一緒だと思うけどな。比べたことねーからあんまわかんないけど!」と明崎はカラカラ笑う。


「んで、こっからが本題。前にオレが"肩痛める"って話ししたの覚えてるか?」

「あ、はい。野球のフォームだと……ってヤツですよね?」

「そうそう。古義も小学生からやってんならちゃんとフォームから教わったと思うんだけど、野球ボールって軽いから筋力なくても腕だけで投げれるんだよ。しかもその内"最短"だと思って横投げになったりしてってさ。そのままソフトボール投げようとすると肘に負担がかかったり、変に肩痛めたりすっから」

「げ、まじっすか」

「マジマジ。だから古義はまず、"野球の投げ方を忘れる事"ってのが第一な」


 明崎の言葉に古義はコクコクと深く頷く。肘や肩を痛める、というのは、スポーツ選手にとって死刑宣告に等しい。ソフトボールを続けるかは別としても、先の長い人生を考えると出来るだけ避けたい。

 納得した様子の古義に明崎は「よし」と頷くと、古義の正面に立ち「んじゃ真似してな」とグローブを嵌めた左手を前方に真っ直ぐ伸ばす。丁度地面と並行になる形だ。

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