キャッチボールの基礎

第19話キャッチボールの基礎①

 古義と明崎がグラウンドに戻ってくると、部員達は既にキャッチボール、ネッティー(ネットティーバッティングの略。二人組で行うバッティング練習の事で、打者は袋状になった一人用の小型ネットに向かい、ペアの人が横から放ったボールを一箱分打ち続ける基礎練習の事である)を終え、ロングティーに移っている。


 ロングティーとは、打者一人に対し守備陣を付け、投手は斜め横から下投げで打者の打ちやすいミートポイントにボールを軽く放り、打者は自身のフォームを確認しつつ思いっ切りスイングするという打撃の基礎練習の事である。

 投手は固定ではなく、ローテーションで次の打者が担当する場合が多い。


 古義が"勧誘"された日も、丁度この練習の最中であった。ボールを気持ちよくふっ飛ばしていたのは石動だと自己紹介時に明崎から聞いたが、もう順番が終わったのか守備に入っている。

 対してバッターは強面の宮坂、投手はオネェ疑惑の風雅である。


「次いっくわよー」

「はーい!」


 風雅の声掛けに、小鳥遊が大きく手を振る。

 軽く構えの姿勢をとった守備陣に背を向け、風雅はボールを手にした腕を振り子のように軽く後ろに振り、宮坂の腰元近くにフワッと球を放る。


「ッラァ!!!」


 荒々しい声と、カキーンという金属音。打ち飛ばされたボールは勢い良く宙を切り裂き伸びていくが、丁度の位置にいた高丘がパシンッと軽快な音を立て軽々とキャッチする。


「あ!? クッソ、真正面かよ!」

「あーら、残念だったわね」

「ちょっと力が入りすぎなんじゃない、か」

「アタシも同感。腕伸びてないわよ」

「……ッセーなぁ、わーってるよ」


 ボールを投げ返す高丘に指摘され、受け取った風雅に呆れたように息をつかれ。宮坂は不満そうに顔を思いっきり顰めながらも、腕をグッと伸ばしてから再びバットを構える。

 派手な金髪や粗暴な口調から気性も荒いのかと思っていたが、経験者の意見にはキチンと耳を貸す真面目な性格のようだ。

 確か高校から初めたんだっけ、と明崎の言葉を思い返しながら見つめる古義に、明崎が「お前はまず準備体操からな」と笑う。


「そんじゃ屈伸から! とりあえず今は必要最低限でいいとして、ストレッチはダウンの時にもやるから流れはそん時に覚えてな。あ、ステップとかダッシュって野球部でもやってたか?」

「あ、ハイ。ココと一緒かはわかんないっすけど、一応」

「あーなら大丈夫だろ。ほら、全くの初心者だとワケわかんないだろ、アレ」


 言われた通り屈伸から始めた古義を見下ろしながら、明崎が苦笑する。

 確かに、独特のリズムに乗せて太ももを上げたり足を前後に交差させたりと数種類続けるステップ練習は、覚えてしまえば何て事はないが初心者が苦戦する第一関門でもある。

 古義も初めての頃、よく足を絡ませていた。


 時間が経った事で身体が冷えたのか、腕を伸ばしたり首を回したり身体を捻ったりと動かしていた明崎が、思い出したように「ちょっと続けててな」と言い残してグラウンド隅の倉庫へと駆けて行く。

 なんだろう。残された古義はただ一人、部員達の運動靴やスパイクケースが乱雑に置かれた青い板の横で黙々とストレッチを続ける。


 背後に位置する移動ネットの壁の向こうからは、蒼海が一人淡々とピッチングを続ける音が聞こえる。

 気になる、が、振り返る勇気は無い。また睨まれるのだろうと、冷たく見下ろす蒼海の姿が脳裏に浮かぶ。

 古義はアキレス腱と腕とをいっぺんに伸ばしながら、日下部の姿を探す。打順は最後なのだろう。

 深間と石動の間に、こじんまりとした紺色のジャージ。赤茶のグローブの先端を数回折り曲げ、風雅が次の投球を告げると少し膝を曲げて構える。


(あ……)


 鈍い金属音と共に鋭く地面を駆けた打球。日下部は手を上げて主張すると数歩右へステップを踏み、慣れた様子で難なく球をグローブに収める。

 経験者、か。古義をよく思わないあの態度の理由として考えられるとしたら、蒼海と同様、"興味本位"で入ってきた未経験者なんてお荷物だと思っているという所だろうか。


(けど、そればっかりはしょーがねーもんなぁ)


 解消法として一番有効なのは、古義が早いとこ技量を上げてあっと言わせる事だろう。

 明崎は投げ方から違うと言っていたが、基本の動きは野球と似通っている筈だ。ならば彼らが思っているよりも、戦力として頼られるようになるのは早いんではないだろうか。

「悪かった、お前はこのチームにとって必要不可欠な存在だ」と友好の握手を求める蒼海と、「ゴメン、冷たい態度とって……古義くんがこんなに上手いとは思わなかったんだ」としおらしく眉をハの字する日下部を思い描く。

 うん、悪くない。後から追い上げる逆転方式は、少年漫画の定石だ。

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