第17話部員⑤
「あの、」と。言いかけた古義を遮ったのは、同じ紺色のジャージを着ている同志。
不機嫌そうに顔を顰めて古義を一瞥すると、ジロリと明崎を睨み上げる。
「明崎さん、早く練習に合流したいんですが」
いつまでココで足止めされなければいけないんだと、多分にトゲを含んだ言い回し。
(なんだコイツ、こっわ)
瞳が大きいせいか、どことなく可愛さを滲ませる顔つきとは正反対の尊大な態度に、古義の肩がビクリと跳ねる。
明崎も気圧されたのか「お、おう、そうだよな! 悪い悪い!」と慌てた様子で謝罪を口にして。
「自己紹介だけ頼むよ。あとはお前だけなんだ」
「……」
面倒くさい。けど、仕方ない。
そう言うように真緑色の目を細めながら軽く息を吐き出して、古義よりも低い位置のくちびるが小さく動く。
「日下部忍(くさかべしのぶ)。一年二組」
間。暫くして「もういいですか」と響いた声に、彼の"自己紹介"が終わったのだと知る。
愛想が悪い。同じ一年なのだから、気さくな"よろしく"の一言ぐらいあってもいいと思うのだが。
「あ、オレは」
「いらない。さっき聞いたし。明崎さん、行っていいですか」
「へ? あ、おう」
「行きましょう、深間さん。今ならまだティーバッティング辺りだと思います」
古義になど興味がない。隣を通り過ぎたというのに一切視線が合わされないのは、そういう事だろう。
先程まで思い描いていた、良き友であり仲間でありそして時にはライバル、という青春の空の下綴っていく爽やかな共闘の日々がガラガラと音をたてて一気に崩れ落ちていく。
(なんだよ、アイツ)
初対面だというのに、オレのなにが気に入らないんだ。
去って行く背を恨めしげに見送る古義を励ますように、日下部を追って隣を通り過ぎた深間がひとつ肩を叩いていく。
「ったく、アイツもか」と。呆れた声に明崎を見上げれば、疲れたように息をついて緩く首を振る。
「日下部な。アイツは最初っからウチ志望で仮入部ん時から来てくれててさ。練習熱心だしキチッとしてるんだけど、ちょっととっつきにくいヤツなんだよな。深間さんの話しはワリと素直に聞いてくれるんだけど……」
「はぁ……」
「ま、同学年なら打ち解けやすいかもだし、上手くやってくれな」
「まだまだ始まったばっかだかんな」と先へ歩き出した明崎に倣って古義も歩を進める。
うまく、か。勿論古義だってこれから三年間(実質は二年とちょっとだが)を共に支え合っていく仲間として、出来れば友好的な関係を築いていきたい。だがそれはあくまで古義個人の願望であって、日下部が同じ関係を望んでいるかなんて分からない。
少なくとも先程の態度では、古義の入部はあまり歓迎されていないようだ。
(……なーんか予定外のトコで"前途多難"ってヤツ?)
ただでさえ技術不足に知識不足といったハンデがあるというのに、更に"同期との関係不良"というマイナス因子が増えてしまった。
重くなっていく脳みそに、眉間の皺が寄る。とにかくまずは、日下部とキチンと話してみなけば。
一旦思考に区切りをつけた所で、二人に出会う前の明崎の話しが中途半端に打ち切られていた事に気がつく。
(たしか、深間さんのコトだったよな)
高校二年から初めたというコトは、まだ一年程度の技量である。言い渋っていたのは、いくら実力主義といえど流石に三年生ととってかわって古義をポディションニングすることは出来ないという事だろうか。
(まぁ、普通はそうだよな)
出来れば古義だって勘弁頂きたい。しっかり染み付いてしまった絶対的上下関係が、そんな状況には耐えられないと心底拒絶している。まぁ、そもそもとして、この仮定は深間の技量を古義が上回った場合にのみ機能するのだが。
明崎の続けようとした言葉を訊こうと口を開きかけて、再び噤む。目の前に"第二職員室"の文字が見えたからだ。先程明崎が"入れ違う"という表現を用いた点から察するに、きっとここが目的地だろう。
古義の推測通り、明崎は「顧問の先生が居るのはここな」と古義に軽く説明すると、扉を二度ほどノックして「失礼します」と踏み込む。同じく古義も「しつれーしあっす」と続け、明崎の後ろから初めての職員室へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます