第16話部員④

「その人達は!?」

「顧問のトコに入部届出しに行ってるから、もしかしたら入れ違うかもな」


 期待にそわつく古義に「自己紹介はその時にだな」と笑んで、明崎はゆるりと言葉を続ける。


「去年までは一人足んなくてさ。試合ん時は野球部にお願いして借りてたんだよ。……これでやっと、本当に"チーム"として戦える」


 いくら協力者が全力を尽くしてくれていても、やはり本来の"仲間"ではないという決定的な壁は拭えない。技術の面は仕方ないにしろ、気も使うしそのぶん集中力も流れも途切れる。

 早いところもう一人を、と必死に勧誘を続けたのだが、三ヶ月が過ぎた所で蒼海に「もういいだろ」と制止されたのだ。八人でも戦えるくらい、"俺達"が強くなればいいと。それが蒼海なりの気遣いだったのだと、皆ちゃんと理解している。

 だから、"やっと"なのだ。夢にまで見た"チーム"として、グラウンドに立てるのは。


 嬉しそうに目元を緩める明崎に、古義は「早く使えるようになろう」と強く決意を固める。

 ただ人数が欲しかっただけなのかもしれない。それでもあの時、明崎が引っ張ってくれたから、こうしてもう一度チャンスを手にすることが出来たのだ。

 人気の減った校舎内を進みながら、明崎が「そういえば」と思い出したように言う。


「その一年、経験者だよ」

「え!? そうなんすか!?」

「ああ。中学からって言ってたっけな……」

「う、うまいですか?」

「そうだな。結構いいセンスしてると思うぞ」


 頷いて肯定した明崎に思わず「ングッ」と変な声が出る。

 上手い、という事は、一つだけ残されているレギュラーの座は、争うこと無くソイツのものだろう。人数も少ないし、早速試合に出れるんじゃないかとちょっぴり邪な思いを抱いていた古義だが、そう簡単に何でもかんでも上手くいくものではない。

 どこか悔しそうな古義に気がついたのか、明崎が「そうだなぁ」と吹き出して。


「オレと恭、風雅と小鳥遊は元々ソフト経験者だけど、他は高校からだよ」

「へ? そうなんすか? って高丘センパイも!?」

「高丘は野球を少し齧ってたみたいだな」


「古義と同じだな」と笑って。


「で、岩動は元柔道部? だっけな。宮坂は全然。だからその辺が狙い目かな」

「狙い目って……センパイですし」

「関係ない関係ない。ウチは実力主義だから! あと、深間さんも高二からだけど、あの人は……」


 途切れた会話に明崎を伺うと、前方へ軽く手を振りながら「噂をすればだな」と口角を上げる。

 追った先には二人の男子生徒。癖のある黒髪の一人は明崎と同じ青色のジャージを、背の低い薄緑色の髪の一人は古義と同じく一年用のジャージを着ている。


(アイツが同志か!!!!!!)


 両手を広げて泣きつきたい衝動をグッと堪え、明崎に並んでその二人と対峙する。


「スミマセン深間さん、ありがとうございます」

「いや、問題ない。……もう一人来たのか?」

「はい。この間の」

「ああ、そうか。良かったな」


 長い前髪の奥の眼が、少しだけ細くなる。


「三年の深間宗一郎(ふかまそういちろう)だ。副部長をしている」

「古義和舞です。よろしくお願いします」

「深間さんのポディションはサードな」

「ああ……守備も必要だったか。すまない」

「いえいえ」


(って、あれ……?)


 交わされた会話に微かな違和感。思い返せば明崎が"さん"と敬称をつけて呼ぶのはこの深間だけだ。

 それでも今、深間は確かに"副部長"だと言った。ならば、あの部員の中にもう一人三年がいたのだろうか。


「あの……」


 遠慮がちに手を挙げた古義に、視線が集まる。


「深間センパイが副部長って事は、部長は誰が?」


 恐る恐る尋ねた内容に深間は明崎を見て。

 明崎は「あー」と間延びした声を出してぐるりと宙へ視線を泳がせると、バツが悪そうに頬を掻く。


「まった言うの忘れてた。オレがここの部長です」

「っ!? 明崎センパイって二年すよね!?」

「この部を作ったのは明崎だ」

「へっ?」

「ウチに元々男子ソフトボール部はない。明崎が入学してから立ち上げたんだ」

「そうなんですか!?」

「まぁな。本当は深間さんに部長やって貰いたかったんだけど、断られちゃって」

「お前のチームだ。お前が先導しないでどうする」


 緩く首を振った深間に明崎が苦笑する。

 先程明崎は経験者だと言っていた。ソフトが好きで好きで、高校でも続ける為に自分で男子ソフトボール部を立ち上げたのだろうか。


(ん? ということは……)


 蒼海は、この菫青(きんせい)高校にソフトボール部がないことを知った上で、進学を決めた事になる。

 あれだけ投げられるのなら、強豪校に進んだほうが彼の言う"全国"に近かった筈だ。それなのに、敢えて。

 いちから自分の理想のチームを作る為の選択だったのだろうか。

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