第14話部員②

(こっえぇ~……。仲、悪いのかな)


 勿論こんな理由で入部を取りやめる気はない。でも一応覚えておこうと心のメモ帳にしっかりと書き留めていると、金髪の男が古義をチラリと一瞥する。前髪は邪魔でも切らない主義なのか、額の上で乱雑にピンで留めているため表情が分かりやすい。

 腕を組んだまま眉根を寄せると、顎先を上げて少し斜めに構える。


「……宮坂千秋(みやさかちあき)。ライト」

「愛想悪いわね」

「あぁ!?」

「コラコラ、止めなさい」


 いい加減にしろという風に強めに咎めた明崎に、再び二人が口を噤む。

 どうやら力関係は明崎の方が上らしい。という事は二人も明崎と同じく二年生なのだろうと予想付けて、「あれが二人の普通だから」とそっと耳打ちしてきた小鳥遊に小さく頷く。


「ったく、高丘も見てないでちょっとは止めろよ」


 見れば次は高丘の番だ。グッタリと肩を落とす明崎に「ああ、すまない。楽しそうだったからつい、ね」とクスリと笑んで、古義へと視線を合わせると手にしたボールを軽く掲げながら小首を傾げて微笑む。


「以前来てくれた時に、自己紹介は済んでるんだけどね」


「もう一度名乗っておこうか」と提案した高丘に、古義は「あ」と声を発する。


「高丘センパイ、ですよね。覚えられたの、苗字だけっすけど」

「おや、十分だよ。記憶力は悪くないみたいだね」

「……即座に肯定できなくてスミマセン」


 正直、学力に関して言えば中の下といった所だ。

 微妙な顔で返した古義に高丘は「それは悪かった」とクスクスと笑んで、ボールを握りしめた左手を自身の胸元へ寄せる。


「高丘真也(たかおかしんや)。守備位置はショートだ。よろしく、古義」


所作に滲む育ちの良さと、上品な京紫の髪。オマケに甘いマスクといい声で、少なくとも古義が今まで出会った中で一番の"イケメン"だ。


(きっと、すっげぇモテるんだろうな)


 入部を決めたとはいえ、可愛い彼女とのウキウキ放課後デートを諦めた訳ではない。心の中でこっそりと高丘を"師匠"の位置に着座させ、古義は「しあっす」と頭を下げる。

 顔を上げて、その隣。ジッと睨むように古義を見据える鋭い眼に、思わず息を詰める。

 彼だ。今でも鮮明に思い出せる、あの落ちる球。そしてあの日と同じく眉間に深い皺を刻んで、ただ淡々と。


「お前の過去がどうだろうと構わないが、遊び半分の軽い気持ちなら迷惑だ」

「っ」

「恭っ!」

「本当の事だろ。ここの部員は全員、真剣に全国を狙っている。部内の士気を下げるようなら、直ぐに辞めてもらうからな」


 話は終わりだというように踵を返したその背に明崎が制止をかけるが、「時間の無駄だ」と切り捨てて投球場へと歩を進めていく。 日差しを受けて深い青色に反射する黒髪が、風に乗って小さく踊る。

 残されたのは微妙な空気。だと古義は感じたのだが、見渡した部員達は慣れているようで、肩をすくめたり息をついたり呆れたように首を振ったりと反応は実に穏やかだ。

「悪いな」と。古義への謝罪を口にして、明崎が息をつく。


(やっぱ、こーなったか)


 自身にも他人にも厳しい蒼海が、そう簡単に古義の事を"仲間"として受け入れるとは思っていない。

 この程度なら、想定内だ。


「アイツは蒼海恭輔(あおみきょうすけ)。知っての通り、ウチの唯一のピッチャーだ」

「唯一、ですか」

「ソフトって下投げだろ? そう簡単に誰でも真っ直ぐ投げれるもんじゃないんだよ。ま、一応高丘にも練習では投げてもらってるけど、試合ってなるとちょっとな」


「その辺りの話しはまた後日にな」と肩を竦めて。


「悪いヤツじゃないんだ。ただ、ちょっと言い方がキツくなっちゃうだけで」


「だから許してやってな」と片手を上げて懇願する明崎に、古義はつい視線を落とす。

 蒼海の言い分はもっともだ。きっとあの球を投げれるようになるまで、多大なる時間と努力を積み重ねてきたのだろう。

 個人ではなくチームとしての結束が問われる競技で、望んだ勝利を掴みとるには全体のモチベーションも重要になってくる。

 そしてその一員として数えられなかったのが、中学での古義だ。


(でも、あの人はオレも、"全体"の中にいれてくれんだ)


 人数が少ないから目につく、という意味だったのかもしれない。それでも"ナイモノ"として扱われるより、百倍マシだ。

 グッと。両の掌で拳を握って、真っ直ぐに明崎を映す。


「大丈夫です」

「え?」

「オレ、ちゃんと真剣ですから」


 強く光る焦げ茶色の瞳に、明崎は古義の覚悟の強さを知る。こういう目をするから、コイツは面白い。そして同じ目をする人間を、明崎はもう一人知っている。

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