部員

第13話部員①

「やっぱり来てくれるって信じてたよ、かずちゃんーっ!」

「ちょっ、苦しいっす小鳥遊センパイ……っ」


 黄色いグローブを嵌めた手を背中に回しギュウギュウと頭を押し付けてくる小鳥遊に、古義は顔を真っ青にしながら抗議の声を上げる。

 身体は小さいが、やはり高二の男子。それも腕の筋力を必要とする部活に携わっているせいか、見た目以上に腕力が強い。

 遠のく意識に抵抗出来ないまま力の抜けていく古義にやっとの事で気づいた小鳥遊が「わっ、ごめん」と慌てて腕を解く。

 助かった。本気で危なかった。

 ゼーハーと荒く息を繰り返しながら酸素を取り込み、古義は目尻に浮かんだ涙を拭いながらのそのそと顔を上げる。


(っと)


 目に入ったのは揃いの青いジャージを着た部員達。古義を取り囲むように半円形で並び、古義と小鳥遊を見据えている。

 圧に思わず「ひっ」と縮こまると、「そんなビビんなって」と右隣に立つ明崎が吹き出す。


「正式に入部ってコトで、まずは簡単な自己紹介な」

「あ、っす」


 わざわざ練習を中断して集まってくれたのだ。しっかりせねばとピシリと両手を腿に添わせ、背筋を真っ直ぐに正す。

 古義が所属していた野球部では、これが集合時の基本の姿勢だった。ところがどうもこの部活では違うのか、クスクスと届く笑い声にぐるりと見渡せば、腕を組んだり腰に手を当てたりとそれぞれ実にリラックスした姿勢だ。


「そんな気張らなくていいよ、かずちゃん」

「っ、ハイ」


(もしかして、早速やらかした?)


 左隣に立つ小鳥遊に腕をつつかれ、古義は羞恥に染まる顔を隠すように俯きながら肩の力を抜く。

 これが高校と、中学の差か。「ほい、がんばれ」と明崎に背中を叩かれ、気を取り直して深く息を吸い込みながら顔を上げ、しっかりと前を向く。


「一年の古義和舞(こぎかずま)です。中学までは野球部でした。ソフトはまだ良く分かってないっすけど急いで覚えます。よろしくお願いしあっす!」


 ペコリと頭を下げると疎らな拍手が返ってくる。こんな感じで良かったのだろうか。

「よし、じゃあこっちからでいいよな。岩動から」と進行する明崎の声に、過った不安を拭いながら下げていた頭を上げる。

 こっちから、という事は、岩動というのは明崎の右手側の青年だろう。視線を遣ると黒い短髪のガタイの良い部員が、「おう!」と笑んで胸を張る。


「岩動誠(いするぎまこと)だ! センター! お前、打撃は上手いのか!?」

「へっ? あ、いえ、普通……だと思います」

「そうか! なら今年も四番(よばん)の座は安泰だなっ!!」


 デカイ。声もデカイが、身長も横幅もこの部一の大きさだろう。

 ガハハと両手を腰に当て大口を開けて笑う岩動を横目に、明崎が「あの時、古義んトコまでボールふっ飛ばしたのコイツな」と苦笑を向ける。

 なる程。わかりやすい、パワーバッターか。


「んもうっ、いい加減次行っていいかしら」


「相変わらずウルサイんだからっ!」と耳を塞いでジトリと睨むのはその隣の青年だ。癖のない長い桃色の髪を左耳下で結い纏め、斜めに流された前髪には濃いピンクのメッシュが入っている。

 派手だが妙にしっくりとハマって見えるのは、長い睫毛と端正な顔立ちのせいだろう。「スマンな!」と朗らかに片手を上げた岩動に息をついて、片肘を抱える。


「風雅(ふうが)なつきよ。ポディションはファースト。わからないコトがあったら何でも聞いてちょうだい。か・ず・ちゃんっ」


 チュバッと飛ばされた投げキッスに、思わず古義の頬が引きつる。

 独特な口調に反射で浮かんだ予感。もしかして、この人。


(イヤイヤ、決め付けは良くない! 人を見かけで判断してはダメだ……っ!)


 過った可能性を必死で否定つつ古義はなんとか愛想笑いを浮かべて「あざっす」と頭を軽く下げる。

 その反応がお気に召したらしい。風雅は指先を荒れひとつない唇に寄せてウフフと笑んで、「カーワイイーわねー」と獲物を見つけた蛇のようにその目を剣呑に細める。


(え!? なにやっぱりソッチの人ぉ!!?)


 予感は事実だったのか。ロックオンされた気配にダラダラと流れ落ちる大量の冷や汗を背に感じながら、ピシリと硬直する古義。

 するとすかさず感じ取ったのか、風雅の隣に立っていた金髪の--まぁこの人も中々の強面なのだが、その人が「ビビってんだろこのカマ野郎が!」と黄色いグローブで風雅の腕を叩く。


「いったいわね! ナニすんのよっ!?」

「しょっぱなから新入りドン引かせんじゃねぇーよ!! やっぱ辞めるっつったらテメェのせいだかんな!?」

「アンタが下品だからじゃないのっ!」

「あんだとコラ!?」

「ハイハイ、そこまで!」


 パンパンと両手を叩いた明崎の合図で、睨み合っていた風雅と金髪の男が「フンッ」と互いにそっぽを向く。

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