第12話入部⑤

「答えはもう出てる……か」


 机上のそれをグシャリと握り、もう片手で鞄を掴んで教室から駆け出す。

 大道寺は"割り切る"という言葉を使ったが、感情のコントロールすらままならない古義にとっては、"諦める"という感覚のほうが近いのかもしれない。

 仕方ない。ないものねだりを続けた所で、結局、なにも変わらないのだ。

 だったら全て、"諦めて"しまえばいい。


 翌日。

 いつものように準備運動から始まった男子ソフトボール部の中で、明崎はふと校舎へと視線を流す。

 気づいたのは小鳥遊。仮入部の終了期限である昨日、古義はとうとう現れなかった。

 明崎は始終チラチラとその姿を探していたし、高丘も、口には出さなかったが気落ちしているように見えた。


(まっ、ボクもだけどね)

 あの日、部内一のパワーヒッターである岩動の飛ばした打球がいつものごとく守備陣の頭上を越えていった時、球を追いかけようとした小鳥遊を止めたのは隣で守っていた明崎だった。


『いいよいいよ、オレが行ってくるから、小鳥遊は次よろしく』

『ごめんねーすぐるん、おねがい!』


 何気ないやり取り。特に気にしてはいなかったが、暫くして様子を伺うと駆けていった明崎の先には一人の男子生徒がいた。

 淡いゴールドイエローの、多分、一年生。野球部のネット裏にいたという条件から、また野球部志願者かとこっそり肩を落とした。

 だからこそ、明崎が古義を連れてきた時は、とにかく感激したのだ。たとえ古義がその顔に、ありありと"不本意だ"と浮かべていても。


(でも、さぁ)


 そのまま迷惑だと醸し続けてくれていれば、小鳥遊もあれほど構うつもりはなかった。

 高崎の送球を目にした古義の、驚愕と興奮を写した表情。蒼海の投球を体感した時の、熱意と集中の眼差し。

 "あ、楽しそう"と、遠くから眺めながら思わず吹き出しそうになった。

 だからこそ、秘密裏に"謝罪"をしに行ったのだ。


『きっと、楽しめると思う』


 小鳥遊はその一言に、直接伝えられない一番を込めた。

 だってあの時キミは確実に、楽しんでいたじゃないか。


「……残念だね」


ポソリと落とした小鳥遊に、明崎が振り向き苦笑を浮かべる。


「そうだな。ま、仕方ない! 次を当たるよ」


 元気出せ、と眉尻を下げる小鳥遊の肩をグローブで軽く叩き、明崎はキャッチボールの為ボールをひとつ拾い上げる。

 一緒にやれたら、楽しかっただろうな。そんな未練を振り切るように、左手のグローブのポケットへポスリとボールを投げ入れる。

 その、瞬間だった。


「明崎センパイ!!」

「!?」


 響いた声に、後方を振り返る。

 そこには制服ではなく、一年のジャージを着た、


「古義!?」


 明崎が気づくと、古義は固く口を結んだまま大股で明崎に近づいてくる。

 呆然と立ち竦むその眼前でピタリと止まると、眉間に深く皺を寄せて、


「オレ、ソフトボールなんてこれっぽっちも知りません」

「へ? あ、うん」

「野球は結構やってましたけど、中学ではベンチでした」

「っ、うん」

「ホントはもう、部活なんてする気なかったんすけど、」

「……うん」

「っ、この間、すっげぇ、ワクワクしちゃって……っ!」


 ああ、そっか。

 必死に紡ぐ古義の姿に、明崎は彼の葛藤を悟る。

 あの時、どこか遠い眼差しで、懐かしむように野球部を見ていたのは。


「っ、こんなオレでも良ければ、入部させてくださいッ!」


 ガバリと勢い良く頭を下げて、両手で差し出された用紙。

 印字された太字には『入部届け』と書かれている。


 多分、全部じゃない。

 本人にしか分かり得ない"大きな壁"が、ずっと古義の先を阻んでいたんだろうけど。

 それを今、必死に、蹴破ろうとしているのなら。


(手を差し伸べるくらいなら、オレにだってしてやれる)


「……ウチさ、これでも実は結構強い方のチームなんだよ」

「っ、っす」

「練習も多いし、休日は少ない」

「っす」

「入るからにはキッチリと、戦力になって貰うからな」

「! うっす!!」


 明崎が用紙を受け取った瞬間に、古義が歓喜に破顔する。

 キラキラと目を輝かせるその頭をワシワシとかき混ぜ、今度は驚きに疑問符を浮かべる古義に明崎はニッと笑む。


(こりゃ、手がかかりそうだな)


「ビシビシ鍛えてやっから、覚悟しとけよ!」

「……っす」


 怯えるように首をすくめた古義に小さく吹き出して、前方から勢い良く駆けてきた小鳥遊に古義を受け渡す。

 感動のまま飛びつく姿を横で見守りながら、明崎は次を思案する。

 なによりまず初めは、部員紹介からか。

 強く刺さる視線を一身に受けながら、明崎はグローブを高々と掲げ部員を収集した。


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