第11話入部④
「そんでさっきの、小鳥遊センパイに"野球経験者なんでしょ"って言われて、ドキッとして。あと、高丘センパイって人が投げたボールが相手のグローブにドンピシャで、すっげぇって思って。……明崎センパイに、ちょっとバッターボックス立ってみろって言われて、メット被ってバット持って、立ったんだよ」
「……」
「そしたらさ、すっげぇはえーの。野球よりも近いトコから、シャーって伸びてきてさ。オレ、思わず固まっちゃって、一球だけでいいって言われてたのに、動けなくさ。……そしたらもう一球、投げてきたんだ」
グッと古義の両手が握りしめられ、微かに目蓋が開かれる。
焦茶色の瞳の奥にチリリと熱が灯り、大道寺は薄く息を飲み込んだ。
「考えてたワケじゃないんだ。多分、今までの"癖"で……バット、振ってやろうと思って。そしたらさ、ベースの手前でその球落ちて。……ドロップって、いうだって。初めて見たからもう、ビックリで」
ああ、成る程。古義の紡ぐたどたどしい"説明"に、大道寺はその真意のアタリをつける。
迷って、しまったのだろう。"部活はしない"と何度も言い聞かせていたのに、感情は常に、正直だ。
「……打てたのか?」
古義は、どちらを望んでいるのだろうか。
背中を押してほしいのか、お前には無理だと切り捨ててほしいのか。
慎重に観察をしながら投げた問いに、古義は「いや」と緩く首を振って、
「当たらないよ、全然。かすりもしなかった」
「……悔しかったか」
「どうだろ。当たるとは思ってなかったから、そこは"ああやっぱり"って感じ。……それよりも、その軌道の方に夢中だったからな」
苦笑を浮かべながら頬杖をつく古義に、大道寺は軽く息をつく。
この様子から察するに、おそらく、古義は自分に話す事で、決断を委ねたつもりなのだろう。
(……人選ミスだな)
生憎、人の今後を請け負えるほど、出来た人格は持ち合わせていない。
「早く帰りたいと、思ったのか」
「っ」
「面倒くさい、馬鹿らしいとは思わなかったのか」
淡々と投げかける大道寺に、古義は片手を自身の胸元に当てる。
目を閉じて、浮かんだあの時の感情は、大道寺の示すような拗れたモノではなかった。
激しく速く騒ぎ立てる鼓動、手の内に滲んだ汗。
あの時はただ、純粋に。
「……思わなかった」
初めて野球を知った時と、同じ感覚。
「すげぇって、思った。何だコレって。身体が、アツくなって、めちゃくちゃ興奮した」
「……なら、何が不満なんだ」
「不満ってワケじゃねーけど。……オレは、諦めたじゃん? そんなのにまた、今度は違うのやろうだなんて、調子良すぎだろ」
「……」
「しかも野球がダメだったから、ソフトって、すっげぇ逃げてる感満載じゃね?」
(ストッパーはそこか……)
古義の言い分は一理ある。だが、優先すべきは、"無駄な"プライドではない筈だ。
もし、本当に古義が"望む"のなら、それ相応の"覚悟"をしなければいけない。
(ま、コイツも本当は、わかってるんだろうが)
「……俺は部活動に携わった事はないが、長年続けているものはある。自分が真面目に取り組んでいる所に中途半端な気持ちで入ってこられるのは、良い気がしない」
「だ、よな……」
「だが、意思があるのなら。キッカケがどうだったかなんて、取るに足らない話しだな」
「っ」
弾くように顔を上げた古義の眼前、大道寺はただ静かに、口角を上げ眼鏡を押し上げる。
「決めるのはお前だ。だがもし、"飛び込む"のなら、全部割りきってからにしろ」
「……そうだな」
(やっぱ、そこまで甘やかしてはくんないか)
いや、ここまで付き合ってくれただけでも、充分面倒を見てもらった方だ。
話は終わりだと立ち上がる大道寺が離れる前に、古義はその腕を軽く小突く。
「ありがとな」
「……俺には、もう答えが出ているように見えたがな」
「……エスパーかな?」
「そんな訳あるか」
じゃあな、と背を向けた大道寺はそのまま自席へと戻ると、鞄を肩に掛け扉へと歩いて行く。
一度だけ、チラリと向けられた視線に古義が笑顔で手を振ってみれば、嫌そうに眉間に皺を寄せ眼鏡を押し上げ去って行く。
(あれは、励ましてくれてたんかな)
大道寺の残した言葉は、どれも否定的ではなかった。
ましてや笑んでみせるなど、激レア中のレアだ。
「……こっわ」
両肩を抱いてフルリと震えた古義の目に、残されたプリントの文字が飛び込んでくる。
『仮入部届け』
期限が示す日付は今日。つまりコレは、今日が過ぎればただの不要な紙になる。
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