第9話入部②

(そうなら、ちゃんと、断らないと)


 そう、部活はやらない。ここでキッチリしておかないと、無駄に付き纏われるコトになる。

 覚悟は変わらない筈なのに、このモヤモヤは、なんなのか。


「……小鳥遊センパイ」

「あ、覚えててくれたんだ、よかったー! 一年生ってだけでクラスまでは聞いてなかったから、探すの大変だったよー」


 はぁ、と大きく溜息をついてみせて、小鳥遊は古義を見上げる。

 そして安心させるかのように、にこりと笑んで。


「"勧誘"に来たわけじゃないから、安心して」

「っ」


 揺れる心を見透かされたような物言いに、古義はただ言葉を失う。

 そうでないなら、どうして。


「んーとね、ちょっと手、出してくれる?」

「はぁ……」


 言われた通り、パーのカタチで差し出した古義の掌に、コロンと三つほど四角い包みが乗せられる。

 プリントされた英字には『Milk』や『Bitter』の文字。


「……チョコ?」


 小さく零した古義に、小鳥遊は「うん」と笑って。


「昨日のお詫び」

「え?」

「かずちゃんが来てくれたの、ホントに嬉しくってさ。つい先走っちゃって迷惑かけちゃった。ゴメンね?」

「あ、いえ、そんな、謝ってもらうようなことじゃ……」


 眉を八の字にしながら、小鳥遊は言葉を続ける。


「ウチは人数も少ないし、マイナーだし、あまりオススメ出来る部活じゃないけど」

「……」

「でも、楽しいよ。皆ちゃんと、真剣だし。……かずちゃんもきっと、楽しめると思う」

「……それは、勧誘ですか」

「ボクの"感想"だよ。あ、でもすぐるんには内緒ね。怒られちゃうから」


 ふふ、と人差し指を立てて秘密だと告げる小鳥遊に、古義は了承を示すように小さく頷く。

 どちらにしろ、今後このまま変わらない日常を送っていれば、明崎と会うことはもうないだろう。

 移動の最中にすれ違った所で、たった一度の縁では会話が弾む訳もない。

 不要な心配だと沈黙を保つ古義に、小鳥遊は肩を竦めて、


「じゃ、ボクは戻るね。ご飯食べてるトコありがとう」

「いえ……あざっした」


 手を振って背を向けた小鳥遊の後ろ姿を暫く見送って、古義は手の内の個体を見つめながら自席へと戻る。

 教室内はいつの間にかざわめきを取り戻していて、古義に興味を向ける者はいない。

 ただ、一人を除いては。


「……知り合いか?」


 古義が席に着くなり、同じく昼食を中断していた大道寺が怪訝そうに尋ねる。

 見たところ、古義とは既に顔見知りのようだったが、胸元に付けられた名札は二年のカラーであった。今まで古義から、二学年に知り合いがいるとは聞いていない。

 探るように見つめる深いグレーの瞳に、古義は曖昧な笑みを浮かべた。


「あー……まぁ、知り合いってか、知り合っちゃったっていうか」

「わかるように説明しろ」

「……昨日、連れてかれた部活んトコのセンパイ」

「、部活、行ったのか」

「"行った"んじゃなくて、"連れてかれた"だから! 相手センパイだったから逆らえなかっただけだから!」


 誤解すんなよ! と喚く古義は必死だが、正直その部分はどちらでも構わない。

『古義が、部活を見に行った』

 その事実は大道寺にとってとてつもない衝撃であり、そして何よりも気になるのは。


「やるのか?」


 単刀直入。

 単語だけで真意を問うてきた大道寺に、古義はプチトマトを口に放り込みながら首を振る。


「……部活はやんないって、昨日も言ったろ」

「じゃあ、あの人は何しに来たんだ」

「……謝罪、かな?」

「……俺に聞くな」


 ふむ、と探偵よろしく指をVの字の顎先に当てて眉を寄せてみせる古義に、大道寺は深く溜息をつく。

 少し真面目な話しをしようとすると、古義はこうして直ぐにはぐらかす。

 それを合図に引き下がるのが、二人の暗黙のルール。大道寺は仕方ないとそれ以上を飲み込み、艶やかな白米を箸ですくう。


(謝罪、か)


 そういえば、結局言えずじまいだった。


「……悪かった」


 弁当を食べ進めながら、至って自然と発された謝罪の言葉に、古義が大道寺を凝視する。


「……変なモンでも食った?」

「まさか。そんな訳ないだろう」

「なんだよ急に、コワイんですけど」


 恐ろしや、と戦慄く古義を一瞥して、大道寺は再び視線を外す。

 自分が思っている程、古義は気にしていなかったのかもしれない。

 そんな憶測が過ったが、言い出してしまったからには、引っ込みもつかない。

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