第6話勧誘⑥
「……本当にやるんすか?」
流石に「あの人納得してませんよね? ってかすっげぇコワイんすけど!?」とは口には出来ず、精一杯のボカシを含んだ"再確認"にも明崎は「当然だろ!」とニカッと笑うだけで。
準備は万端だとポスリとミットを鳴らしながら「早くしろ」と催促されては、古義にはもう為す術はない。
項垂れながらトボトボと、散乱しているバットの山へ。近づいてみて気がついたのは、慣れ親しんだ野球のバットよりも細い。
(……へぇ、球がデカイから、バットも太いのかと思ってた)
意外、と数本覗き込んでみると、それぞれ微妙に長さや太さが異なっている。思っていたよりも種類が豊富だ。
古義にはどれが良いかなんてサッパリだが、カタチだけだと言われたので何でもいいだろうと中央に転がっていた長めの一本を手に取り、見守っている明崎の元へ。
選んだ理由はただ一つ。なんとなく、カッコ良かったから。
「へぇー、なるほどな」
「あ、なんかマズかったすか?」
「いや? 何も問題ないよ。じゃ、始めようか」
「うす」
含みを持った頷きの理由を、教える気はないのだろう。
明崎の問題ない、という言葉に肩の力抜き、古義は小脇に抱えていたヘルメットをポスリと被る。
ズシリとした重みと、耳当てによって遮断される外部の音。微かに鼻につく染みこんだ汗と、土の匂い。
(……久しぶりだ)
部活を引退した去年の夏以来だろうか。いや、最期の方は試合が立て込んでいて、ヘルメットなんて被らせて貰えなかった気がする。
自重気味に上がった口角は無意識で、マスクを装着していた明崎がしっかりと捉えていた事に、古義は全く気がつかなかった。
バットのグリップを両手で絞るように握りしめ、置かれている薄汚れたホームベースの横にゆっくりと右足を踏み入れる。
遅れて付いてきた左足。肩幅よりも広めに開いて、左のつま先で土を抉るように踏み締めると、真新しいスニーカーに茶色が移る。
(あ、ヤバイ)
早くなる心臓の音。
胸の奥からせり上がって来る熱い血液。
(ど、して……!)
高校生活は時間を有意義に使って、ダラダラしたりバイトしたり彼女とお出かけしたりするんだ。
無駄な努力は、もう、しない。そう、誓ったのに。
「バット、構えろよ」
「っ」
ボンヤリと捉えた明崎の声に導かれるように腕を上げ、重心を右足へ。
耳元で大きく主張する鼓動の音に、口の中が乾いてくる。
(なんでだよ……っ!?)
捉えた先のその人は、厳しい表情のまま未だ古義を睨みつけている。
(いやオレのせいじゃないけどね!?)
ってか、アンタが「絶対に嫌だ」と突っぱねてくれていれば、こんな事にはならなかったのに。そんな半ば八つ当たり気味に奥歯を強く噛みしめて、古義はキツくグリップを握りしめる。
そう。そうすればこんな想いにも、気付かずにいられたのに。
心の中で涙を浮かべながら、薄く開いた唇の間から必死に酸素を取り込む。
「古義、準備はいいか?」
「っ、あの、オレ、やっぱ」
届いた明崎の声に返した弱音は、自身の変化による恐怖から。
けれども明崎は"勧誘を拒んでいる"と捉えたのか、キャッチャーマスクの奥で吹き出して、
「大丈夫ダイジョーブ。アイツ、コントロールは抜群だから怖がんなくていいよ」
リラックスリラックス、と肩を回して見せて、視線を先に佇むピッチャーへ。
「よし」と軽くミットを叩いて構えた瞬間。穏やかだった眼の中に強い光が灯り、古義は息を呑む。
「……バット、振ってもいいからな」
「へ?」
「"振れたら"、だけど」
(っ、来る……!)
低く落とされた声に、慌てて首を捻り捉えたピッチャー。
スッと一度胸元の下でグローブを構え、振り子のように身体を前後に小さく揺すると一気に右手を振り上げる。
蹴られた右足、回された腕。捉えたのは、ほんの一瞬。
白い球体が、腰の真横を駆け抜ける。
「っ!!??」
スパァン!! と甲高い音が背後から響いて、明崎のキャッチャーミットへと収まったのだと理解する。
速い、なんてモンではない。反応するどころか、目で追うのが精一杯だ。
「すっ、げ」
野球よりも近い距離で放られた一球は投手の手元の位置からグンと伸び、息をする暇など与えずに通り過ぎていく。
(下投げの、ハズなのに)
本来下投げは、上投げよりも威力の上がらない投げ方の筈。それなのに。
向かってくる白球の、砲撃のような圧迫感。
ドクリドクリと巡る血液の音だけに支配された空間で、驚愕と興奮が古義を包み込む。
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