第5話勧誘⑤

「古義はオレに引っ張られて来ただけで、ウチ志望ってワケじゃないから。グイグイいくの禁止な」

「えぇ~いーじゃん別にー」

「ダメダメ! ほら、小鳥遊はちゃんと守る! で、古義はコッチな」

「あ、ハイ」

「すぐるんのケチーっ!」


 ぶぅ、と不満気に頬を膨らませた小鳥遊にも慣れているのか、無視して歩き出した明崎の背中を古義は慌てて追いかける。

 笑顔のままヒラリと片手を上げた高丘には会釈を返して、「またね」と口元を動かした小鳥遊には曖昧に笑みを返してみた。

 愛想の良い先輩達だ。まぁ、少しヒヤリとはしたけども。


「悪かったな、ビックリさせて」

「いえ、大丈夫っす」

「男子ソフトボール部なんてマイナー過ぎて、見学に来てくれるヤツ全然いなくってさ。皆テンション上がっちゃって」

「あー……今も斜め横から、ものすっごい視線を感じます……」

「本当ゴメン、無視して」


 小鳥遊のさらに奥からコチラを観察していた数人の視線が、歩を進める度に強く突き刺さる。

 言われた通り、「お前ら集中しろ!」と叫ぶ明崎の叱咤を耳だけで捉えながら、古義は背中を丸めて鞄を抱え込む。

 明崎は一体、自分に何をさせたいのだろう。

 勧誘という事は、アピールがてら説明やら体験やらだろうか。どちらにせよ、暫くは拘束されそうだ。

 困った、と沈む気分に鞄に顔を押し付けて、古義はこっそりと息を吐く。

 時間が無いワケではない。むしろ有り余っている。

 けれども無駄な期待を抱かせる前に、サクッとオサラバした方が互いにとってベストだろう。


(つっても、どーやって切り出すか……)


 明崎を始め、高丘も小鳥遊も感じの良い先輩だった。そして明らかに"期待"をしている。

 ここで自分が"逃走"したら、きっと気落ちするのだろう。


(少しだけ付き合って、"やっぱり無理です"って返すのが一番無難か……)


 うん、それがいいと古義は頭の中で算段を立て、微かな罪悪感を背負いながら明崎の横顔を盗み見る。


「ほい、到着。ちょっと待っててな」

「っ、うす」

「おーい、恭(きょう)ー」


 移動式の防護ネットで遮られた向こう側。一人の青年が明崎の声に振り返った。

 一度バチリと合った視線は「部外者がいる」とでも言いたげに嫌そうに眉を寄せ外され、小走りで駆け寄った明崎が二言三言告げると、弾くように再び古義を捉える。

 深くなる眉間の皺に、古義は本能で理解した。

 あ、たぶんコレ、本気で嫌がられてるやつだ。


「よし! じゃあワルいんだけど、ちょっとその辺りに荷物置いといてくれるか?」

「……ハイ」


(あれーなんかすっげぇコワいんですけど!?)


 心なしか、ずっと睨まれている気がする。

 背後から感じる嫌悪のオーラに冷や汗を流しながら、明崎に言われた通り邪魔にならない辺りに鞄を降ろす。

 上体を戻した途端、笑顔の明崎にポンと渡されたモノ。


「ほい、ヘルメット」

「へ?」

「バットはまぁカタチだけだから何でもいいよなー。あ、あの辺の適当に持ってきて」

「ちょっ、明崎センパイ!」


 流れでうっかり受け取ってしまったヘルメットを手に困惑する古義に、明崎は「んー」と間延びした声を返すだけで、そのまま転がっていたボストンバッグを手にとりクルリとひっくり返す。

 ドサドサと落ちてきたのは青色の防具一式。慣れた手つきでレガースを両足に装着すると、今度はプロテクターへ腕を通し腰の辺りでパチリと止める。

 仕上げとばかりにヘルメットを頭に乗せマスクを手にすると、先程まではめていたグローブではなく、キャッチャーミットを拾い上げた。


(キャッチャー、だったんだ)


 意外だ、と掠めてしまったのは、明崎の身体つきが古義の思うキャッチャー像よりも華奢なものだったからだ。


(キャッチャーって言うともっとこう、ガッシリって感じじゃあ……)


「一球だけ」

「ぅえ?」

「一球だけ、立ってみてくれ。それがオレの"相談"で"勧誘"」


 ボンヤリと立ち竦む古義にニッと笑う明崎は「簡単だろ?」と重ねて、カチャカチャと音を立てながらネットの向こうへと歩を進めた。

 チロリ、と確認した背後では、やはり"恭"と呼ばれた吊り目の青年がずっと古義を睨みつけている。

 話の流れから察するに、きっとあの人がピッチャーなのだろう。そして彼は、乗り気ではない。


「ほら、バット持ってこいって」

「あ、あの……」

「ん?」


 視線が痛い。

 背を向けているグラウンドから放たれる多数のどれよりも、圧倒的な威圧感。

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