第4話勧誘④

(マネージャーか……? いや、力仕事の手伝いかも)


「あの……明崎せんぱ」

「すぐるんおかーえりー!!」

「明崎、ご苦労様」

「っ!?」


 真意を訪ねようと口を開いた古義を遮り、当然のように出迎えたのは明崎と同じジャージを纏った二人の男子生徒。

 片手にはグローブ。と、いうことは。


「おう。岩動(いするぎ)の番、終わった?」

「さっきね。ほら、あっちで素振りしてる」

「それならひとまず安心だな。気持よく飛ばしてくれんのはイイけど、さすがに疲れた」

「だろうね」


 盛大に溜息を零した明崎にクスクスと笑みを零して、投げ渡されたボールを受け止めた長身の青年が腕を組んで首を傾げる。

 その奥のもう一人。小柄な青年も先程からジッとコチラを伺っている事に気がついて、古義の身体が縮こまる。


「勧誘、成功したのかい?」

「いや。まだこれから」

「わー! すぐるんが一年生連れてきた!!」

「あっコラ小鳥遊(たかなし)! 大声出すな!」

「なんですって!?」

「いちねん!? マジかよ!!?」

「あ~も~うっさいうっさい」


 波のように伝わっていく伝達に、前方で背を向けていた生徒が順々に振り返る。

 隣で明崎が「散れ散れ」と腕を振るが、好奇の目は増えるばかりだ。


(ああ、もう、何が何だか……)


 真っ青な顔で立ち竦む古義の異変に気がついたのは、長身の青年。

 明崎の性格と状況から推測し、まったく、と息をつく。


「明崎。その様子だと、彼に何も説明してないな?」

「だから、これからだって言ったろ」

「キミも人が悪いね。可哀想に、すっかり尻尾が垂れている」


 驚かせてすまない、と古義へ苦笑を零して。


「二年の高丘真也(たかおかしんや)だ。ようこそ、男子ソフトボール部へ」

「だ、んし……そふとぶ?」


(マジデスカ)


 拾った単語を繰り返す古義に高丘はニコリと笑んで、軽いステップを踏むと手にしていたボールを放り投げた。

 飛ばされたボールは綺麗な曲線を描いて、数十メートル先の方で佇む人のグローブへ。


「っ、すっげ」


(相手、一歩も動かなかったぞ!?)


 これだけ離れた相手の胸元ピッタリに収めるなんて、狙っても簡単に出来ることではない。

 信じられない、と息を呑む古義の様子に高丘は口元に笑みを携えたまま、呆れ顔の明崎へと小さくウインクを飛ばしてみせる。

 掴みはバッチリだろ。そう伝えるように。

 古義は後方で交わされる密かなやり取りにも気づかず、未だ衝撃に口を開けたまま呆然と佇む。

 まるで空中に道があったかのような、自然で迷いのない軌道。野球の経験者だからこそ痛感する、高丘の技量の高さ。


「すっごい綺麗でしょ?」

「うっ、わ!?」


 いつの間に隣にいたのか。突如かけられた声に、古義の肩がビクリと跳ねる。

 けれども彼は気にもとめず、古義よりも少し下でコロコロと笑って、


「ボクもそれなりに長いけど、あーは投げれないや」


(さっきの、ちっさい人……!)


 覗き込んで来た彼は、先程明崎を迎え入れた一人だ。

 色素の薄い癖っ毛をフワフワと揺らしながら、自身の肩の刺繍を指差す。


「小鳥遊(たかなし)アキだよ。二年生。よろしくね! えーっと」

「あ、古義……和舞です」

「じゃあ、かずちゃんだね」

「か!?」


(下の名前かよ!? しかも"ちゃん"かよ!!?)


 喉元まで出かかった突っ込みを飲み込んだ自分を褒めてやりたい。

 古義はどこか遠くで自身に拍手を送りながら、必死に脳をフル回転させる。次々と起こる不測の事態に、理解が追いつかないのだ。

 ただ、これだけはわかった。

 どうやら自分は"勧誘"されてしまったらしい。"男子ソフトボール部"に。


(つーか、ソフトボールって女子のスポーツじゃないのかよ!?)


「あ、今、ソフトって女子がやるもんだろーって思ったでしょ」

「っ」

「まぁやっぱり"男子は野球で女子はソフト"ってイメージが強いし、普及率もその通りかなー。でもルールブックに"女性であるコト"って記載はないから、男子がやってもいいんだよ」


 人差し指を立てて「ね」と得意気に笑みを浮かべた小鳥遊に、言われてみばそれもそうか、と古義はコクリと頷く。

 確かに、女子で野球をやっている人もいる。つまりこれは、その逆バージョンだ。

 納得の表情を浮かべた古義に、小鳥遊は満足そうにウンウンと頷いて、


「で、かずちゃんはドコ志望?」

「え?」

「ポディションだよーポディション! 野球経験者なんでしょ?」

「え? なんで」

「はい、ストップ」


 会話を遮るように差し込まれた、明崎の掌。

 二人分の視線を受け止め、困ったように肩を竦める。

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