第3話勧誘③


(もう、やらない。そう決めたんだ。野球も、部活も、何もしない)


 暗示のように繰り返すフレーズ。それでも先程の大道寺の言葉が、脳裏にガンガンと響き渡る。


『……やらないのか、野球』


(大道寺はどうして、わざわざ確認してきたんだろ)


 かつてのチームメイトだったなら理解は出来る。もしくは、彼自身が野球部に入ろうとしているのなら。

 けれどそのどちらでもない大道寺からしたら、古義が野球をやろうが辞めようが、関係はないはずだ。

 わけわかんね、と頭を掻いて、辿り着いた下駄箱でスニーカーへと履き替える。

 予想通り人の居ない外へと踏み出して、数歩進んで、立ち止まった。


「~~~~くっそ!!!!」


 鞄を強く握りしめ、足を向けたのはグラウンド。


(ちょっと見るだけ! ほんのちょっと! 見るだけ!!)


 確かナイターの設備があるとか言ってたし、でっかい照明を確認するだけ! とそれらしい理由をつけて、古義は鼻息荒く大股で歩を進める。

 遠くからチラリと眺めるだけなら、勧誘に捕まることもないだろう。

 開けた視界の先。奥の方に見えたネットと、明らかに大きな照明器具。


(あれ、か)


 他の部活動の邪魔にならないよう校舎沿いをコソコソと進み、高くそびえ立つ外野フェンスの手前に位置する小山を登る。

 古義の眼に飛び込んできたのは、整備された茶色い土と、綺麗に引かれた真っ白なライン。

 野球部の専用グラウンドであることを示すように、左右に位置した横穴のベンチには沢山のヘルメットとバットが並んでいる。


「……すげぇ」


 中学とは比較にならない施設。

 芝生の上でストレッチをしている部員達の体格も、数も、桁違いだ。


(……見に来て良かったかも)


 あの中で自分の活躍する姿は想像出来ない。

 これで未練なく終えられると薄く息を吐き出した古義の足元。

 コツリ、と響いた振動に首を捻ると、目に入ったのは白いボール。


「っ!」


 反射にドクリと心臓が大きく跳ねるが、良く良く見ると知っているソレよりも随分と大きい。

 野球ボールじゃない。確か、これは。


「……ソフトボール?」

「スミマセン!」

「っ」


 飛んできた声に顔を跳ね上げると、コチラへ向かって駆けてくるジャージ姿の男子生徒。

 片手にはグローブ。という事は、この人のものだろう。

 投げ渡そうと拾いあげると、その人が慌てて手を振る。


「待った!! 投げるなよ!?」

「へ?」


 大声での制止に、古義は振り上げた腕をピタリと止めた。

 届かないと思われたのだろうか。コレぐらい何てことないのにと眉が寄るのを感じながら、仕方なしにボールを握りしめたまま小山を降りる。


「っ、ありがとな」

「いえ」


 恐らく、先輩だろう。不満は胸中に抑えこんで、辿り着いたその人のグローブへポスリと白球を入れてやる。

 荒い息を整えながら受け取ったその人は、古義の歪んだ表情に気づき「悪い悪い」と苦笑して、


「ソフトボールを野球ボールと同じように投げるとさ、肩、痛めるんだよ」

「え?」

「お前、野球部だろ? だから止めたんだよ」


 大暴投が怖かったワケじゃないからな、と屈託ない笑顔を向けてくるその人に、古義は思わず視線を落とす。

 見抜かれていた。それどころか、無駄な気を使わせてしまった。


「……オレ、野球部じゃないんで、大丈夫です」

「ん? じゃあ、野球部志望? さっき向こう見てただろ?」

「……いえ」


(ダメだ、何も浮かばない!)


 不思議そうに首を傾げるその人に返す言葉が見当たらず、古義は数度口を開閉させて鞄の持ち手を握りしめる。

 とりあえず、逃げちまおう。

 一言「失礼します」くらいは告げようと古義が顔を上げた瞬間。


「オレ、二年の明崎優(あかさきすぐる)。お前は?」

「っ、一年の、古義和舞です」

「そうか古義。折り入って相談なんだが……」


 グローブとは反対側の空いた片手で肩をガシリと捕まれ、笑顔を向けてくる明崎に古義は本能で悟った。

 あ、なんか、嫌な予感がする。


「ちょーっと時間あるかな??」

「……っす」

「よし、ちょっと付いてきてなー」


 元体育系。上下関係には逆らえません。

 ボールを短く宙に放ったり受け止めたりと上機嫌に歩き出した明崎の隣で、古義はただ冷や汗を流しながら鉛のような足を前後する。

 やってしまった。もしかしてもしかしなくとも、勧誘されてしまったんじゃないか?

 何やってんだと自身を罵倒する一方で、渦を巻くのは一つの疑問。

 明崎が持っていたのはソフトボール。女子の部活に男子生徒を勧誘する必要はないはずだ。

 この人は何のために、自分を連れて行こうとしているんだろう。

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