第2話勧誘②


『まさかまた古義と同じクラスになるとはな』

『だ、いどうじ?』

『なんだ、掲示を見てなかったのか?』

『いや、そーゆーワケじゃねーけど……』


 まさか話しかけてくれるとは思わなかった、などと口にしたらへそを曲げてしまいそうだと、古義は喉の奥で飲み込み「よろしく」と笑った。

 そしてこれをキッカケに、古義は大道寺と行動を共にするようになった。

 口は悪いが、決して見捨てない。情に厚い、自慢の友人。


(本人にはぜってぇ言わねーけど)


 サカサカとペンを走らせる古義のプリントの上に、薄い黒い影が落ちる。

 おや、と顔を上げると、前の座席を引き腰掛ける大道寺。


「回収終わったん?」

「ああ、残りはお前だけだ。余所見をするな」

「急ぎますっ!」


 サーセン!と再びプリントに向かい合い、ゴリゴリと文字を刻む。

 現文の課題のというものは、見せてもらった所でただ写せばイイものではない。大道寺の回答をヒントに、自分なりの答えを作らないといけないのだ。

 古義は時折手を止めては頭を掻き、ひねり出した文を羅列していく。


「……そういえば」

「え?」


 思考の波を掻き分けたのは、大道寺の呟き。


「お前、部活はどうするんだ?」

「、」


 落とされた質問に、古義のペンがピタリと止まる。


「……明日が仮入部申請書の提出終了日だろう」

「あー……そうだな」

「何処にも見に行ってないようだからな。……やらないのか、野球」

「っ」


 知っていたのか。いや、知っていて当然か。

 中学の三年間、古義は野球部に在籍していた。小学三年からリトルリーグで野球を始めた古義にとって野球部に入る事は至極当然のことであり、新しい仲間と切磋琢磨していく未来を思い描いては期待に胸を膨らませていた。

 試合の緊張感、勝利の喜び。更なる興奮が待っているのだと、信じて疑わなかったのだ。

 けれども、現実は違った。


「……やらない」


 分かりやすい、シンプルな実力社会。いくら努力を重ねても、結果はついてはこなかった。

 三年間、万年ベンチ。それが古義の、泥と汗にまみれた涙の集大成である。


「野球は、もう、やらない」

「……そうか」


 拾った大道寺の声にハッとする。

 空気を重くしてしまった。慌てて声の調子を上げて、古義は笑顔で取り繕う。


「いやーだってさ、バイトだってしてみたいし、彼女だって欲しいじゃん? 部活なんかしてる時間ないって」

「……」


(大嘘を……)


 その言葉が古義の本心ではないと、大道寺は気づいていた。

 記憶にある中学の彼は授業が終わると一目散にグラウンドへ駆け出すような"部活男子"であったし、体育の授業でバットを握る彼は明らかに生き生きとしていた。


(それがこうも変わるとは)


 変化に気がついたのは、三年の始め。

 テーピングの数が増えた。部活前の溜息が増えた。ボールを握りしめる顔に、影が落ちるようになった。


「大道寺は? 部活やんねーの?」

「俺は習い事がある」

「ふぁー、ごくろーなことで」


 大げさに肩を竦めてみせた古義が再びプリントへ向かい合うのを話題の終了と受け取り、大道寺はただ黙って見守る。

 古義自身が決めたのなら、他人がどうこう言える問題ではない。

 ただ、少しだけ、"勿体無い"とも思ってしまうのだ。

 あんなにも楽しそうに笑えるのに、と。


「大将! 終わりました!!」


 じゃじゃーんと得意気にプリントを掲げながら胸を張る古義に溜息をついて立ち上がり、大道寺は二枚のプリントを受け取る。


「次はないぞ」

「はいはーい」


(と言いつつ、助けてくれんだよなぁ)


 何度も繰り返したやり取りだと古義が手を振り大道寺を見送ると、見渡した教室に残っている生徒は片手で足りる程度だけ。

 オレも帰ろ。帰りがけにコンビニでも寄って、お礼のウエハースでも買って行こう。

 古義は乱雑に筆箱を詰めた鞄を掴み、主のいない大道寺の座席へ一礼してから廊下へ踏み出す。

 小さく捉えた声に窓の外へと視線を流せは、グラウンドには準備に勤しむ各部活専用のジャージを纏った生徒達。


(……今なら、ゆっくり帰れそうだ)


 入学初日を皮切りに、放課後の下駄箱前には新入部員を確保しようと躍起になった上学年の生徒達が、溢れんばかりにひしめき合っていた。

 チラシを配る人、パフォーマンスを繰り出す人。お祭り騒ぎの中を捕まらないように隙間を掻い潜って脱出するのは、何だかんだで骨が折れる。

 さっさと帰ってしまおう。

 無駄な労力を使わずに済むと喜ぶべき場面だというのに、どこか気分の上がらない自身に古義は奥歯を噛みしめる。

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