ライズ&ドロップ!~男子ソフトボール部で憧れた夏をもう一度~

千早 朔

勧誘

第1話勧誘①

 『努力は必ず報われる』


 この言葉はこの世の真理でも、ましてや自然の摂理などでもない。

 栄光を手に出来るのは結局"才能"のあるヤツらだけで、"恵まれなかった人間"はいくら努力した所で彼らの踏み台にしかなれないのだ。

 つまりは何かしら手にした成功者による、イメージダウンを避ける為の都合のいい"言い訳"。

 だからオレはもう、無駄な努力はしない。

 元来の敗者は敗者らしく、ただ無難な生活をのらりくらりと享受していればいい。

 そう、思っていたのに。


(なんでだよ……っ!?)


 モフリとしたゴムに覆われた両耳。普段の三分の一に削られた視界のど真ん中には一人の男。

 不機嫌そうに鋭い目をさらに釣り上げているのは、今の状況に納得していないからだ。


(いやオレのせいじゃないけどね!?)


 古義(こぎ)は心の中で涙を浮かべて繰り返し、言われるがまま持たされたバットを構え続ける。


「古義、準備はいいか?」

「っ、あの、オレ、やっぱ」

「大丈夫ダイジョーブ。アイツ、コントロールは抜群だから怖がんなくていいよ」


 古義の後ろ。リラックスリラックス、とキャッチャーマスクの奥で吹き出したもう一人の男が、古義の"予定外"の全ての原因。

「よし、」と軽くミットを叩いて、気さくで穏やかな瞳を真っ直ぐに先の男へ向ける。

 変わって現れた、強い光。


「……バット、振ってもいいからな」

「へ?」

「"振れたら"、だけど」


 その男が声を落とし、構えた矢先。

 14.02メートル先でボールを握りしめた男が、腕を振り上げた。


***


 暦は四月。新しい通学路に新しい学校。新しい制服に身を包みながら、古義和舞(こぎかずま)は心高らかに決意していた。

 待ちに待った高校生活では帰宅部として時間を貪り、思う存分遊んで遊んで、遊び尽くすのだと。

 暖かな日差しに微睡みながら思案していたのはこれからの学生生活。

 アルバイトはちょっとお洒落なカフェにでもしてみようか。

 そこで出会った他校の女子とイイ感じになり、夏には花火をバックに笑い合ってみたりして。


(いや、でも同じ学校ってのも中々……。授業の合間に廊下で話し込んだり、お昼はお弁当とか作ってもらっちゃたりして)


「んー、どっちも捨てがたい」

「なんの話しだ」

「イッ……!」


 ペシリとした衝撃で古義の真剣な吟味を遮断したのは、大道寺彰(だいどうじあきら)。

 古義とは同じ中学出身で、二・三学年を共にしたクラスメイトである。

 叩かれた脳天を擦りながら見上げた古義を呆れ顔で見下ろして、すっと片手を差し出す。


「出せ」

「……そんなお前まさか、とうとうカツアゲをするような子に!?」

「とうとうとはどういう意味だ。……もしかしたらと思っていたが、本当に聞いていなかったとは」

「はい?」

「現文の課題。提出しろと言われたろう」

「……あ」


 大道寺の言葉に、ピシリと古義が凍りつく。

 そういえば、先程の空想中にプリントがどうとか聞こえたような。


「……あきらく~ん」

「断る」

「即答しなくても」

「見当など簡単につく。どうせ、白紙なんだろう?」

「驚け、半分は終わってる」

「……何故そこまで手をつけて、残り半分を諦めた」

「……テヘッ」


 取り出したプリントを両手で持ち、可愛らしく肩を竦めてみせた古義に冷ややかな視線が突き刺さる。

 けれどもここでめげる訳にはいかない。引き下がればペナルティが待っている。

 古義はパンッと勢い良く両手を合わせ、額を机に擦りつけて、


「神様仏様大道寺さまっ! 哀れな愚民に救いの手をっ!!!!」

「~~わかったから妙なコトを叫ぶな!」

「マジ!? さっすがぁ!!」

「ったく、人を頼ってばかりで後々後悔するのはお前だぞ」

「肝に銘じておきマス」


 ったく、と眼鏡を押し上げながら渡されたプリントを古義は拝んで受け取り、急いでペンを握りしめる。

 大道寺が他の回収へと向かう間に終わらせてやるのが、せめてもの誠意だろう。


(何だかんだで優しい……ってか、世話好き? だよな)


 大道寺という男は確かに古義と"元クラスメイト"ではあるが、話した記憶は殆どなかった。

 偶々席が近くて、グループワークで一緒になった。そんな程度。

 それでも入学初日、緊張に強張りながら着席していた古義に話しかけてきたのは、大道寺の方だった。

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