劉裕論50 明末 王夫之14下

徐羨之じょせんし傅亮ふりょう謝晦しゃかいの弑逆の意図は、はじめから隠し持たれていた。ただその露呈のときが待たれたのみである。のちに蕭道成しょうどうせいが国体を継承したときに劉氏を殺し尽くしたこと、どこに怪しむ必要があるだろうか?


ひとにその子孫が安泰であってほしいと願わぬ者はおるまい。しかしそのために危険な橋を渡り、安泰を試みようとする。その結果滅んだものがいたことも忘れ、存続させようと足掻くのだ。老衰、耄碌による判断力の減少が、人に邪心を芽生えさせる。


己が若く、健全な思考であるうちは、このような思考が芽生えることもあるまい。しかし、一度その悪に身を浸してしまえば、もはや許されることはない。易経えききょうの卦の第三爻には「日が傾くように、安泰人生にも夕暮れの時が訪れる。宴会では徳利を叩くだけで皆と一緒に歌おうとしない。老人が晩年を嘆く。兇兆である。」との言葉が見える。老衰の嘆きが被害妄想を招き、小人閑居して不善をなすの言葉通り、やがて悪意が招来する。


誰しもに起こることである。ならば君子も老いるに当たり、このことを重に戒めおかねばならぬ。戒めること叶わず大悪の中に身を沈めれば、どうして天地の神、先祖の霊らが受け入れてくれようか。そのことを恐れずにはおれるまい。




徐羨之、傅亮、謝晦之刃,已擬其子之脰而俟時以逞耳。蕭道成繼起而殄劉氏之血胤,又何怪乎?夫人孰有不欲其子孫之安存者也,試之危,乃以安之;忘其亡,乃以存之;日暮智衰,仿徨顧慮,而生其慘毒,皆柔苒不自振之情為之也,而身已陷乎大惡以弗赦。一日昃之離,不鼓缶而歌,則大耋之嗟,兇。」嗟嘆興而妄慮起,妄慮無聊而殘害生,惡不戢矣。君子之老也,戒之在得;得之勿戒,躬親大惡,不容於天地鬼神,可弗畏哉?


徐羨之、傅亮、謝晦の刃、已に其の子の脰に擬し、而して時を俟ちて以て逞さるのみ。蕭道成は繼起し劉氏の血胤を殄す、又た何ぞ怪しまるや? 夫れ人の孰くんぞ其の子孫の安存を欲せざる有らんや、之を危きに試み、乃ち以て之を安んずとし、其の亡ぶを忘れ、乃ち以て之を存とす。日暮れ智衰え、仿徨顧慮し、而して其の慘毒を生ず、皆な柔苒にして自ら振わざるの情、之を為すなり。而して身已に大惡に陷りて以て赦さる弗し。一なる日昃の離、缶を鼓して歌わざらば、則ち大耋の嗟きありて、兇。嗟嘆興りて妄慮起り、妄慮は無聊にして殘害生じ、惡は戢まらざるなり。君子の老ゆるや、之を戒むるを得るに在り。之を得ること戒むる勿く、躬を大惡に親しまば、天地鬼神に容れられず。畏る弗からんか?


(武帝2-2)




英明の主であっても、老いてしまえばろくでもないことを考え始めてしまう。それは誰でも一緒なのだけれど、ならばこそ国の主は自らの耄碌に気づき、戒めねばならない、となるだろうか。その耄碌が、結局は宋のその後に暗い影を落とした、という。


これ、どうなんですかねえ。劉裕以下、劉義隆、劉駿と、微賤のものをそばに取り立てようとしています。これってそれだけ名族らから皇帝権力に掣肘を食らっていたってことになると思うのですよ。だから、自由に動かせる手駒を欲した。


前後で皇帝権力がクソだったのに、劉裕一人が絶対権力を握っていたようには、どうしても思われない。ストップ安になった皇帝の地位、「そういう汚れ役」を劉裕に押し付けただけなんじゃねえの、って気がしてならんのです。実質安帝のあとを継ぐわけじゃないですか。歴史上では中興の祖なんて言葉もチラチラ聞きますが、そんなん制度疲労の起こってないことが前提でしょう。この時代の皇帝に、果たしてどこまでの権限があったのか。


どうも宋書のあの、「桓玄打倒の勇士たち」を頭に持ってきて目立たせようってしてる構成のせいで、貴族連の動きを見えづらくさせたようにしか思えんのです。劉毅周りの話がぜんぜん残ってないのも不自然ですしね。どんだけ劉毅打倒が後ろ暗かったのかって表明してるようなもの。


というわけで、自分自身は各劉裕論の「絶対的な力でもって世を動かした英雄が年を取り衰え、耄碌し、簒奪と弑逆をした」って史観がどうにも疑わしくてならない。まぁ、これ以上の傍証も反証もないしどうしようもないんですけどね。

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