劉裕論49 明末 王夫之14上

前段の通り、そうは天下の主にふさわしい名分の持ち主であった、とは言えるのだ。しかしながら、はやり神よりの怒りを避けることはできまい。すなわち、自らの元君主を殺害したことについて、である。


簒奪そのものについては曹氏そうしがなし司馬氏しばしがなしたことの流れにある。罪は罪でこそあるが、どうして筆頭に挙げるだけのものとなろうか。しかし元君主の殺害は宋によって打ち立てられた。これは以後の王朝にも見られるようになり、皇権を剥奪された旧国の主は、必ず兵によってか、毒薬によってかで殺害されている。


そも安帝は、世の主宰はおろか、あらゆる行いすらまともになし得なかった。恭帝もまた粛々と己が定めを受け入れている。ならば宋としては、本来彼らが最後まで命を全うできるよう保護すべきであったろう。だと言うのに、殺害してしまったのだ。どうしてその行いを受け入れ切れようか!


斯様に邪悪なる宋の目論見は、簒奪よりも前にすでに抑えの利かぬものであった、と言える。なにせ武帝ぶていの即位は晩年も晩年、その地位について三年と経たずして亡くなっている。劉義符りゅうぎふにせよ劉義真りゅうぎしんにせよ凡才であり、謝晦しゃかい傅亮ふりょうといった連中は危うき謀略の持ち主であった。また国境近くでは司馬楚之しばそし兄弟が北魏ほくぎを引き入れようと画策していた。しかも過去には桓玄かんげんが安帝を殺すのにためらったがためにクーデターが発生、滅亡している。このような状況であればこそ、武帝は子孫の安寧、ひいては宋による統治の長期化、安定を考え、殺害に出たのである。


あぁ! しかしながら、自ら弑逆を働くものが、どうして子孫の弑逆される未来から逃れられようか? 臣下として君主を殺した者が、どうして臣下による弑逆の未来を回避できようか?




宋可以有天下者也,而其為神人之所憤怒者,惡莫烈於弒君。篡之相仍,自曹氏而已然,宋因之耳。弒則自宋倡之。其後相習,而受奪之主必死於兵與酖。夫安帝之無能為也,恭帝則欣欣然授之宋而無異心,宋抑可以安之矣;而決於弒焉,何其忍也!宋之邪心,固有自以萌而不可戢矣。宋武之篡也,年已耄,不三載而殂,自顧其子皆庸劣之才,謝晦、傅亮之流,抑詭險而無定情,司馬楚之兄弟方挾拓拔氏以臨淮甸,前此者桓玄不忍於安帝,而二劉、何、孟挾之以興,故欲為子孫計鞏固而弭天下之謀以決出於此。嗚呼!躬行弒而欲子孫之得免於弒,躬行弒而欲其臣之弗弒,其可得乎?


宋は以て天下を有つ者なるべし。而して其の神人の憤怒さる所為るは弒君より惡しきこと烈しかる莫し。篡の相い仍るは曹氏より已に然れば、宋は之に因りたるのみ。弒すは則ち宋より之を倡う。其の後にて相い習いて、而して受奪の主は必ずや兵と酖とにて死す。夫れ安帝は之を為すに無能なるなり。恭帝は則ち欣欣然として之を宋に授け異心無かれば、宋の抑そも可以て之を安ずべきなり。而して弒を焉に決するや、何ぞ其れ忍びたらんや! 宋の邪心、固に自ら以て萌す有りて戢むべからざらん。宋武の篡なるや年は已に耄い、三載せずして殂す。自ら其の子の皆な庸劣の才を顧み、謝晦、傅亮の流は抑そも詭險にして定情無く、司馬楚之兄弟の方に拓拔氏を挾みて以て淮甸に臨む、此より前には桓玄の安帝に忍びずして、而して二劉、何、孟の之を挾みて以て興る、故に子孫が為に鞏固を計りて天下の謀を弭めんと欲し、以て決し此に出づ。嗚呼! 躬、弒を行いて子孫の弒より免ぜるを得んと欲し、躬、弒を行いて其の臣の弒す弗きを欲すは、其れ得べけんや?


(武帝2-1)




皇帝殺し、皇帝殺しがとにかくクソ! のターン。明の皇帝も殺害されてるんでしょかね?(調べろや)


それにしても「危うき謀略」の持ち主って、宋書を読んでも基本徐羨之じょせんしが筆頭になるのに、なんでここでは避けられてんでしょね。これまでに徐羨之についてどんなふうに語られてたっけ。あるいはここから先になんか記述があるんでしょうか。


個人的には劉裕の安帝及び恭帝殺害には「桓玄の残党に大いに手を焼かされたのがトラウマになっている」ってのがあると思ってます。苦戦どころか、あの盧循による逆襲に際しても、後秦→蜀を経由して参戦してきた桓謙にいっちょ噛みされて、あわや敗亡って局面にまで追い込まれましたしね。


誰もがクソとみなしていた桓玄ですらこうなのに、名君でこそなかったけど昏君でもなかった晋帝なんか、反劉裕勢力の旗印として強烈な求心力を持つに決まってます。王夫之さんには悪いけど「劉裕程度の支配力」じゃ、到底抑えようもないくらい。……や、あのひと割と「劉裕の支配力って案外大したことなかった」のを頑張って見ない振りしてる感じもあるよな……?


ともあれ、劉裕の「二都奪還」は、ほんに後世の人を惑わせたんだなぁ、と思うことしきりなのでした。


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