劉裕論40 明末 王夫之 9上

劉裕りゅうゆうが攻め寄せてきたとき、慕容超ぼようちょう姚興ようこうに、姚泓ようおう拓拔嗣たくばつしに救援を求めた。この時に「唇なからば歯寒し」、いわゆる防波堤の喪失が将来の災厄を招く、という理屈が持ち出されていたが、さて、どれだけその言葉がかの状況にて当を得ていただろうか? 結局の所姚興にしても拓跋嗣にしても、なしたのは虚勢の威嚇のみ。兵をこまねき、座して滅亡を見届けた。


劉裕は軍を深く敵地に進め、なお姚興を挑発し、また敢えて黄河こうがを渡って北魏軍に攻撃を仕掛けすらした。反撃を懸念する素振りすら見せず、敵を挑発しつくした上、結局本当に反撃を受けていない。これはそもそもにして慕容超や姚泓がその愚昧さによって国を滅ぼした故であり、さらに姚興や拓跋嗣が派兵による損得を勘案した結果なのだ。そして劉裕は、それら敵手の内情を見事に見抜いていた。


救援の軍を送るに当たり、北魏では崔浩さいこうがこう分析している。「劉裕の後秦こうしん討伐は、まず成功します。ならば下手にその行く手を阻みでもすれば、劉裕は怒りを抱き、こちらに攻め寄せてくるでしょう。ともなれば、我々が敢えて秦の敵を引き受けることになります」実に正しき見解である。


国を空けてまで軍を興し、はるばる彼方より押し寄せてくる軍と、誰が好き好んで戦いたいというのか? 隋唐ずいとうの時代にも、竇建德とうけんとくが迂闊にも王世充おうせいじゅうを救援せんと軍を興し、却って王世充よりも先にとらわれている。崔浩の発言は明察と言うより他ない。


軍主がはっきりと攻める姿勢を示すことで、軍は明瞭な攻撃力を備える。守りにしても然りである。この意思が示されないとき、兵士らは己の生死が自らの判断に委ねられ、それぞれが自身の感情によって動くようになる。怒りに駆られて必要以上に残虐になったり、恐怖に負けて逃亡したり、などである。


仮に、上よりの制約がなにもない状態で戦の場に放り込まれたとしたら、軍主や将軍とて命を賭して戦おうとはすまいし、兵士らもその働きを徒労であると感じよう。この状態では士気もまともに上がるまい。その軍の敗北は約束されたようなものである。




慕容超求救於姚興,姚泓求救於拓拔嗣,夫豈無脣亡齒寒之理足以動之乎?然而興與嗣徒張虛聲,按兵不動,坐視其亡。劉裕縣軍深入,詬姚興擊魏兵於河上,弗慮其夾攻,挑其怒而終無患。蓋超與泓之愚以自亡,興與嗣審於進退,而裕料敵之已熟也。崔浩曰:「裕圖秦久矣,其誌必取,若遏其上流,裕心忿怒,必上岸北侵,是我代秦受敵也。」其說韙矣。空國興師,越數千里而攻人,豈畏戰者哉?竇建德輕舉以救王世充,世充未破而建德先禽,其明驗也。攻者誌於攻也,三軍之士皆見為必攻;守者誌於守也,乘堙之人皆見為必守;兩俱不相下,而生死縣於一決,怒則果怒,懼則果懼也。若夫人不我侵,兩相鬭而我往參之,君與將無致死之心,士卒亦見為無故之勞,情先懈、氣先不奮,取敗而已矣。


慕容超は救を姚興に求め、姚泓は救を拓拔嗣に求む。夫れ豈に脣亡びて齒寒きの理を以って之を動かすに足る無からんや? 然れど興と嗣は徒らに虛聲を張り、兵を按じ動かず、坐して其の亡を視る。劉裕は軍を縣け深きに入り、姚興を詬りて魏兵を河上に擊ち、其の夾攻さるを慮るる弗く、其の怒に挑みて終に患い無し。蓋し超と泓の愚にして以て自ら亡び、興と嗣とは進退を審らかとし、裕は敵を料ることの已に熟せるなり。崔浩は曰く:「裕の秦を圖れるや久しかりき、其の誌は必ず取らん、若し其の上流を遏まば、裕が心は忿怒し、必ずや岸に上り北侵せん、是れ我れ秦に代りて敵を受くるなり」と。其の說は韙ならん。國を空け師を興し、數千里を越え人を攻む、豈に戰を畏るる者ならんか? 竇建德は輕舉にて以て王世充を救うも、世充は未だ破られずして建德は先に禽わる、其れ明驗なり。攻者が攻を誌すや、三軍の士は皆な見て必ずや攻むるを為す。守者が守を誌すや、乘堙の人は皆な見て必ずや守を為す。兩つながら俱に相い下らず、生死は一決に縣り、怒らば則ち果して怒り、懼らば則ち果して懼るなり。若し夫れ人の我を侵さずば、兩つながら相い鬭いて我れ往きて之に參じ、君と將とに死に致すのの心無く、士卒は亦た見て故無きの勞と為し、情は先に懈り、氣は先ず奮わず、敗を取らんのみ。


(安帝19-1)




はっきりしたやるべきことを示す、か……うっ色々と思い当たるふしが。変なところでこっちにダメージ与えてくんのやめてくださいませんかね?

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