劉裕論10 武周 朱敬則 4

また、質問があった。


劉裕りゅうゆう関中かんちゅう入りしたとき、老いさらばえた顔つきで馬に乗り、赫連勃勃かくれんぼつぼつが迫りくるのに怯え、一方では姚泓ようおうの妹の色香に惑って姦淫をなしました。中原の士人や庶民らは、この者の下につくであるとか、この者に身を捧げるのを恥としました。


 ただ、劉裕軍は極めて整然とし、長安ちょうあん入りの際にも、礼にもとる振る舞いはなかったと聞きます。だからこそちっとも進まぬ馬を急かし、車を引っ張り込み、そのまま長安にとどまってほしい、と願い出たのでしょう。


 長安に建つ宮殿はかん以来のもの、連なる山々はしゅう以来天険と愛されたもの。だと言うのに劉裕は、これらを配下に押し付け、自らは地元民らの期待を裏切り、江南に帰ってしまいました。これは昔、長安を確保しながらも彭城ほうじょうに帰還した項羽こううの振る舞いを韓生かんせいが諌めたことに通じます。劉裕もまた、長安の父老らより支持を失いました。


 このことをいかがお考えですか?」


朱敬則しゅけいそくは答える。


「結論から言えば、項羽は非、劉裕は是である。


 項羽の才能は、その力こそ天下を得るに相応しきものであったが、一度勢いが揺らげば、またたく間に人心を失った。


 そも、関中は宮殿の堅固さ、山河の守りの堅さこそあれ、中華の地における生産力を考えれば、敢えて彭城ほうじょうの地以上に手に入れたいものであったろうか。


 劉裕の故郷は江南である。しかも率いた兵らはみな江南より、遠路はるばる出向いている。しかも赫蓮夏かくれんか北魏ほくぎは健在、西秦せいしん北涼ほくりょうについてもその主権を追認せざるを得ない状態。我らは関中とこそ呼ぶが、彼にとっては鄙地でしかなかったのだ。


 慌てて帰ったあと、禅譲の儀を引き伸ばしていたのとて、劉義真りゅうぎしんの帰還を待っていたに過ぎぬ。ひとたび動けば、すぐさま彼の策謀は実現された。まったく、お賢きお方と言うよりあるまい!」




又問曰:宋祖入關,老相駕馬;赫連畏逼,姚氏淫昏。中原士庶,恥為臣妾。王師眾整,頗有禮 焉。所以扣馬攀車,請住關右。宮室陵寢,是大漢之遺蹤;關山重複,乃有周之長世。人與不取,違眾獨歸。昔項籍見哂於韓生,宋高又失於父老,其旨可得聞乎?

君子曰:論項即非,在劉為是。以項王之材,天下可以力制,人心可以勢奪。因宮室之嚴,守山河之固,此九州之上腴,何彭城之足算?劉裕家本江南,全軍遠克,未能制命夏、魏,施號秦涼,雖曰關中,實是邊地。貪歸受禪,所留不過愛子待歸,一舉而可取,卒如其策,智士哉!


又た問うて曰く:「宋祖の關に入るに、老相にて馬に駕す。赫連の逼るを畏れ、姚氏を淫昏す。中原の士庶、臣妾為るを恥ず。王師は眾く整い、頗る禮有りたらん。所以にて馬を扣き車を攀き、關右に住まわんと請う。宮室陵寢は是れ大漢の遺蹤にして、關山重複なるは乃ち有周の長世なり。人と與とせるを取らず、眾に違え獨り歸す。昔、項籍の韓生に哂わるを見、宋高は又た父老を失す。其の旨の聞けるを得べかんか?」

君子は曰く:「論は項の即ち非にして、劉の是と為すに在り。項王の材を以て天下は力を以て制すべくし、人心は勢を以て奪わるべし、宮室の嚴に因り、山河の固にて守る。此れ九州の上腴なれば、何ぞ彭城の算に足らんか? 劉裕が家は本は江南にして、全軍は遠きを克す。未だ夏魏を制命す能わず、號を秦涼に施さば、關中を曰うと雖ど、實は是れ邊地なり。受禪に貪歸し、留めたる所は愛子の歸すを待てるに過ぎず。一舉に取すべくし、卒に其の策の如くす。智士かな!


(十代興亡論)




ふーむ、十代興亡論は、どうも朱敬則の講演を取りまとめたもののようですね。君子って表現には、そのへんの気配を感じ取るのが良さそう。


しかしこのひと、劉邦や劉秀も割とクソくらいのこと言い切ってんのがすげえな。となるとこの辺、武則天政権真っ盛りのときに論じられたものなのかもしれせん。つまり、天命は周にこそあり、それ以外の国は……あれ、けどこのひと北周じゃなくて北斉シンパだよな? 謎がさらに加速……。


あ、この辺は「周」を僭称した宇文氏をいかにクソとするかになってくるのかもしれません。ついでに言えば隋唐も否定する方向?


ってことは、うわぁ……結構あぶねー立場にいた人なんだなぁ……。

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