第11話 終わりに 史料と情報化社会への応援コメント
ekunariさんの憤りにも見えるお気持ち、同感です。
専門家たちですら、当時その場にいなかったのに、結局資料となるものは過去の人間が書いたもの。
客観的に書いているとは思いますが、それこそその人の主観だって入っていたと思います。
その人が『そう見えた』『そうされた』と言うことでも、
反対側は違う意図で行っていたにすぎないことも多々あるでしょう。
それを、一から十まで完全に書き綴ったものなんて本当にあるのかと思いますし、残された書物が、当時その場にいた者が書いた物かどうかも怪しい物だってあると思います。
現代の専門家の皆さんが、『事実はこうだった!』と本を出す根拠も、結局はその書物を研究した結果です。
その結果、長く信じられて来た定説が覆されることもしばしば。
結局、解釈する人次第だと言うのに、当時その世界に生きていなかった第三者たちがあれこれ誹謗中傷する権利はないと思います。
ただ、この風潮は現代違う場面でも多々見られます。
ある意味それは仕方ないことなのかもしれませんが、もどかしい思いも抱きます。
どちらに転んでも納得出来る資料が出て来てくれるといいですね。
第1話 はじめにへの応援コメント
私もekunari様と同じく、義経が(大)好きな人です。
「義経は卑怯者」と書かれた記事を、ネット上で見かけることが時々あるのですが、そんなことを言ってる方々は漫画や小説などの創作物語のみを読み、信頼性の高い史料の方は読んでいないのだと思います。
玉葉や吾妻鏡、愚管抄などの信頼のおける史料には(吾妻鏡は若干注意が必要だが)、「義経が水夫を攻撃した」なんて、どこにも書かれていませんし、水夫への攻撃
が出てくるのは、漫画や小説などの創作物語の中のみの話しです。
ネット上で義経を非難している人たちは、歴史小説や漫画の内容を史実と思い込んでいるのではないでしょうか。危険ですね~。
義経批判はけっこうだけど、その前に史実を正確に理解するところからはじめていただきたい、とアンチ義経の方たちにお伝えしたいですね。