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「影時君ね、あたしに土下座してきたの……」
星空が見下ろす、古橋ビルの屋上で。
自分と戦う美少女ヒロイン――古橋あかりはジト目で言った。
「それでね、もういちど二人でやり直そうって……結婚しようとまで言われて……恥ずかしぃ」
「あの眼鏡、頭良さそうに見えるけどバカだよな」
「成績はいいんだけどね……さすがのあたしもアタマが痛くなったわ……」
「それでプロポーズの返事は?」
「お願いします……って」
「お熱いな」
「っさいわね! あなたのせいで……あたしは自殺したかったのに!」
「もう自殺したいなんて思わないだろ?」
「……うん」
少し戸惑った感じで、それでも正直にあかりちゃんは言った。
そこに追い詰められたネガティブ感情はない。初対面のあかりちゃんが抱いていた、自分は死ななければいけない、幸せになったらダメ、そんな負の感情は消し飛んだ様子だ。
立ち直った彼女に、自分の考えを叩きつける。
あかりちゃんを殺そうとした、ドッペルゲンガーの正体を。
「あかりちゃんは最初から死にたくなかったんじゃないか? 誰かに助けて欲しかったんじゃないか? だけど誰にも助けてと言えなくて、自分の殻に閉じこもって、自分の心の中に助けてほしいという想いを封じ込めて……それが外の世界に出てきた。これは俺の推測だが、あかりちゃんのドッペルゲンガーは生存本能なんだと思う」
「……」
「死にたいと思うあかりちゃんを助けるため、ドッペルゲンガーは死にたいと思うあかりちゃんを殺して、自分があかりちゃんになり変わろうとしたんだ」
「……だから、どうしたのよ」
「あかりちゃんは戦うべきだ。そして――あいつに殺されるべきだ」
「……ふざけないで」
「いや、俺はマジだぜ。あかりちゃんは俺に会ったせいで弱くなったと言ったな。そしてドッペルゲンガーの出てくる漫画の詳細を知りたがった。誰だって気になる質問の答えを聞かないまま死ぬなんてゴメンだろ? その程度のことが、死にたがりなあかりちゃんを弱くして、生きたいと願うあかりちゃんのドッペルゲンガーを強くしたんだ」
あかりちゃんは、すごーく嫌そうに俺の推理に耳を傾けていた。
ちょっと恥じらいながら、だけど認めざるをえないという感じで呟いた。
「ったく。あんたって、ほんと命の恩人だわ」
「感謝しろよ」
「絶対にお断りよ。あたしが殺される原因を作ったのは……あんたなんだからっ」
視線を、屋上の塔屋に向ける。
金属バットを持った、あかりちゃんのドッペルゲンガーがいた。
「ありがとう、なんて……言わないわよっ」
「なら不要だ。死にたがりなあかりちゃんは、さっさと殺られてこい」
それが、戦いの合図だった。
あかりちゃんは、スカートから特殊警棒を取り出す。
ちらりと見えるおみ足も、コレで見納めか。
ちょっと残念に思いながら、二人のあかりちゃんの闘いを見守る。
「行くわよ」
二人の少女が床を蹴り、二人の少女が武器を構える。
カンッ!と金属がぶつかる音を夜の街に響かせて、同じ見た目で目的が違う二人の少女が殺しあう。
「らァァ!」
一閃、二閃、
金属バットがこれまでにない疾さで振るわれて、動きが鈍い警棒がそれを受ける。
一撃の重さは、比べるまでもない。リーチの長さも、一発の重みも、手数の多さも、生きたいと願う金属バットが圧倒的だ。
死にたいと願う警棒は、生きたいと願うドッペルゲンガーに追い込まれる。
「――あなたの勝ちよ」
あかりちゃんは笑顔を浮かべて、通販で買った警棒を放り投げて万歳のポーズ。
金属バットが、笑顔を浮かべた少女の頭蓋を砕いた。
スプラッターな映像を想像したが、警棒のあかりちゃんは笑みのまま。
キラキラと金色に輝く光の粒子に包まれていた。
幻想的な光景は徐々に薄くなって、だんだんと背景と同化していく。
死にたがりなあかりちゃんは、
チラリと、
こちらへ視線を向けて――くすっと。
優しく笑いながら、夜の大気と混ざって消えてしまった。
………………
…………
……
…と思ったら、いきなり元通り。
「ハッ!?」
「うおっ!?」
半透明で消えそうな雰囲気から、いきなり輪郭も鮮明にパッと復活した。
「死んでない……」
「生きてるみたい……」
死にたがりなあかりちゃんは――もういない。
生きたがりなドッペルゲンガーのあかりちゃんは――どこにもいない。
いま、古橋ビルの屋上にいるのは。
「はぁはぁ……死んだかと思ったわ」
「いや、死んでた……」
「復活したからいいじゃない。ったく、自殺に成功ハッピーエンドのはずが望んでもいないバッドエンドだわ」
「それにしては、嬉しそうだな」
「まあね」
二人の会話がおかしくて、俺と生きたがりなあかりちゃんは声を出して笑った。
これで、自殺に失敗な幸せなバッドエンド。
俺が主人公になった物語は、これで終わら――ない。
まだ、俺にはエンディングが待っている。
望んでもいないハッピーエンドではなく、予期しなかったバッドエンドが。
あの日、あかりちゃんと出会った日。
俺は、廃ビルの屋上から飛び降りて死のうと思っていた。
物語の主人公になるのを諦めて、モブキャラでいる現実に耐え切れなくて。
もしかしたら、俺が死ねば天国にいるあいつに会えるかも。
バカらしいことを本気で考えて、自分は生きていてはダメだと思い込んでいた。
だからあかりちゃんと出会わなかったら、たぶん戦っていたのだろう。
夜の屋上で――俺のドッペルゲンガーと。
「あれって……まさか」
あかりちゃんが、塔屋の方を指さして言った。
そこには、俺がいた。
金属バットを持った俺が、無表情に佇んでいた。
俺は、俺を見る。
俺も、俺を見る。
俺と俺は動かない。
ビルの屋上で睨み合い、やがてルールを自然と認識する。
死にたがりな俺が勝てば自殺に成功ハッピーエンド。
生きたがりなドッペルゲンガーが負ければ自殺に失敗バッドエンド。
この超常現象は、生存本能と死への渇望の戦いだ。
俺もヤツも、互いに互いを殺してハッピーエンドを迎えられる。
だけど、俺は笑ってやった。
自殺したがりな俺を殺そうとする、生存本能が産んだ分身を鼻で笑ってやった。
「待たせたな」
長いこと出待ちだった、俺のドッペルゲンガーをねぎらう。
そして、最初で最後の宣戦布告。
俺は腹の底からドッペルゲンガーに叫んでやった!
「
俺のドッペルゲンガーは、何もしてこない。
表情も変えず、微動だにせず、徐々に薄くなっていき。
夜の大気と混ざって消えてしまった。
――グッバイ、俺のドッペルゲンガー。
ハッピーエンドは俺を殺すこと。だけど俺の勝利だバットエンドだっ!
死にたがりの俺を殺そうとした、クソッタレな偽物野郎の企みは大失敗!
俺は、選んだんだ!
このくそったれな現実を生きるってな!
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