第11話 もうすぐ地球が滅亡します → 目の前に好きな人がいます ← あなたは告白しますか?
「まだ喋ってなかったっけ? パパが宇宙人の偵察機だってこと」
なーんの予定もない、休日午後の昼下がりに。
母親が話してくれたのは、えらくつまらないジョークだった。
あたしは特に興味も湧かなかったので「ふ~ん」と聞き流すことに決定。
お茶をズズーッと飲みながら、テーブルに山盛りなせんべいに手を伸ばした。
「ママが高校生だった頃の話だけどね、昼休みに学校の屋上で――」
若い頃の回想モードに入った母親は、立派なおばちゃんの風格がある。
堕落しきった姿勢で、せんべいパリパリ、緑茶をズーゥズーッ。
母親がとつぜん昔語りをするのは、じつは今回が初めてではない。
これまで母親から、色々な恋愛ストーリーを聞いた。
教師と不良生徒の禁断の恋バナや、幻覚の男の子に恋した病弱少女の話、同じアイドルの同じCDを120枚も買った話はオチが秀逸で、中学校の怪談シリーズはどこか切ない失恋話で胸が傷んだけど、ツンデレなクラスメイトのささやかな悪意には正直笑ったし、男性恐怖症の女の子が過去のトラウマを克服する話で女装した男子がニュースを騒がす若手政治家のあの人だなんて信じられないし、死にたがりな女の子がドッペルゲンガーと戦って立ち直る物語が実話だってことの方がアンビリーバボー。
母親が語るラブストーリーは、いちおう全部実話という触れ込みだった。
娘のあたしは、どこまで本当か怪しいと疑っている。
だから、いつも話半分程度に聞いていた。
そのラブストーリーも、あたしは適当に聞き流すつもりだった。
「当時のママは風紀委員でね、友達一人いない暇仙人のパパが屋上で暇そうにタバコを吸ってるらしいから、わざわざお昼休みの屋上へお説教に向かったわけよ」
今回はクラスメイトの恋愛物語ではなく、あたしの両親の馴れ初めバナシ。
これは注目と、あたしは黙って耳を傾ける。
ニヤつく母がカミングアウトしたのは、すこし不思議な恋愛ストーリーだった。
「お昼ごはんが『ジャムフライパン』だけとか、あまりに惨めだったからお弁当を恵んであげたのよ」
それは、ごく平凡な高校の――
「とつぜん質問してきたのよ。もうすぐ地球が滅亡したらどうする?って」
どこにでもある屋上の――
「そしたらいきなりね、俺は宇宙人の偵察機だとか言い出して」
なんの変哲もない、ごく普通なお昼休みに起きた――
「勢いでキスしちゃったのよ」
甘くてどこか安っぽい。
半額シールが貼られてそうな、ありふれたラブストーリーだった。
決してヘビー級じゃない。
たくさんの障害を乗り越えた、人生をかけた大恋愛でもない。
二人の恋を邪魔する、分かりやすい悪役もいない。
あたしは、恋物語のそんなところに惹かれた。
父親との馴れ初めを語り終えた母親は、いたずらっぽくウインクして。
恥ずかしい恋物語のラストを、こう締めくくった。
「宇宙人の子供なあんたにも、そのうち空の上から指令がくるかもね」
つまらないジョークを飛ばした、ニヤつく母親はスルー確定。
あたしは、ふと窓の向こうを。
環境整備用ナノマシンで浄化された、澄み切った青空を見上げてみた。
――透き通ったブルースカイ
――静かに流れる白い雲
――青い空の向こう側
――成層圏のさらに向こうでは
――キラキラとおひさまの光を反射する
――宇宙人の戦艦が今日も変わらず輝いている
「ひゃっほぉぉーい! さすが屋上! 暑いぞ、広いぞ、でっかいぞぉ!」
天気は快晴、ちょー快晴。
学校の屋上はだだっ広くて、はしゃいで騒いで叫びたくなる。
さんさんと降り注ぐ太陽は、ぽかぽかを飛び越えてジリジリ肌を焦がす……けど。
「あづい……」
なんか、ぜんぜん爽やかじゃない。
涼しいはずのそよ風が、いまはとても生ぬるい。
「おのれ地球温暖化……」
屋上の床をコンコン、硬くてオッケー。
周囲をキョロキョロ、視界良好で文句なし。
見上げた空はブルースカイ。校舎の屋上は見晴らし抜群。
こんな天気が素晴らしい日は、空の向こうの宇宙人の戦艦を眺めるのに最適だ。
準備は万端、シチュエーションは完璧。
コンクリートの大地に立つあたしは、息を大きく吸い込んで叫んだ。
「学校の屋上だぁぁぁ! きゃははwww、マジで殺風景ぇぇぇーwww」
「騒ぐな、はしゃぐな、俺に抱きつくな……」
「そこのキミっ! こんなチャンス、楽しまなきゃ損だゼ、イエーイ!」
「だから抱きつくなって。余計に暑くなるだろ……ったく。どうして俺がこんなことに付き合わされるんだよ……」
「それはもちろん、あたしの共犯者が欲しかったから!」
「この可愛いツラした悪女がァ……」
「にぱっ☆」
ニコニコ笑顔で、ドアの静脈ロックを外すのに使ったゼラチンシートをピラピラ。
担任の左手の静脈経路を積層型ゼラチンシートに3D印刷したもので、気になる見た目は……移植用の皮膚っぽくてグロい。
「コレ、もう使わないけど食べる? 作るときにお砂糖を混ぜたから甘いよ?」
「いらん」
「やっぱり、メロン味にした方が良かったかしら?」
「風味の問題じゃねぇよ。お前に一度食わされたことあるけど、他人の血管を喰ってるみたいで気持ち悪いんだよ」
「むぅ。成分的にはゼリーと同じなのに……」
「アタマで分かっても受け入れられないモンはあるんだ。ほら、下水で育てた栄養藻で作った人工肉と一緒で」
「あれ、安いから、あたしみたいな主婦の味方なのに」
「女子高生が主婦を語るな。むしろおまえがいつ主婦になった?」
「いつになったら、主婦になれるかな?」
「瞳をキラキラ輝かせて抱きつくんじゃねぇよ。ドキッとするじゃねぇか」
「いまの発言を翻訳するとね、いつキミのお嫁さんにしてくれても」
「嘘翻訳すんな」
「いつキミのお嫁さんになってあげてもいいんだよ?」
「冗談はよせ」
「えー、実はマジだったのに。キミが大企業か中央官庁勤めになって、あたしが何不自由ない専業主婦生活を送れることが確定したら、学校帰りにでも婚姻届を出してあげるのに」
「そんなストレートにATMになれとおっしゃられても、すごく困るんだが……」
「キミはいつでもATM(Anti Tank Missile:対戦車ミサイル)」
「意味が分からねぇよ!?」
「つまり当たって砕けろゴー・フォー・ブローク! キミのハートはロックされてるゼ! 目には見えないYAGレーザーで! さぁ、ここは玉砕覚悟で!」
「結婚の約束はしないからな」
「えー、あたしと結婚したら幸せだよぉ? 楽しいトークと家事全般はおまかせあれ、素敵なアフターファイブを約束するし、休日は――」
そこで、バカな会話を区切って。
テンション高めで頭が軽い女を演じるあたしは、カレの耳元にそっと唇を寄せて、
「たっぷりと、愛してあげる」
甘くとろける小声で囁いて、カレの唇にキスをした。
「……暑いから、カオ近づけるなっ」
「もぉ、ノリが悪いなぁ。新婚気分が台無しじゃない」
「いつ俺とお前が婚姻関係になったんだよ。ちなみに内縁の妻でも何でもないからな」
「ちっ。ネタの先読みとは……」
「さすがに慣れたぜ」
「くくくっ、お主もやるようになったわね」
「お褒めいただき恐縮だ。ところでお前は、真夏の屋上とかいうクソ暑い地獄に、どうして俺を連れだしたんだよ……」
カレの何気ない質問に、あたしはニヤリと笑った。
会話の流れは想定の範囲内。ここから計画通りに話題を誘導していく。
カレの質問には答えず、あたしは疑問を投げかけた。
「ねえ、キミの思う学校の屋上のイメージは?」
「なにもない」
「キミは本当につまらないな」
「おまえがおもしろ人間すぎるだけだ」
「えへへ、そんな褒められても」
「皮肉だよ! 察しろよ!」
「ノーノー、時にはスルーも大事。屋上のイメージといえばアレでしょ? 男と女がいちゃつく場所。恋や愛が芽生える場所。たまに自殺や異能バトルの舞台になるけれど、それでも根強い屋上×LOVEは、時代を越えて少年少女のあこがれでね」
馬鹿な会話をしている、あたしとカレが付き合いだした時期。
それは、いまから1年ほど前のことだ。
恋愛は付き合うまでの過程が一番楽しいと何かの漫画で語っていた。
たぶん、それは間違っている。
付き合う前はスリリングなだけ。
純粋な面白さは、付き合ってる最中のほうが楽しい。
なにより、カレと一緒で感じられる幸せ度――ハッピーパラメータは段違い。
いつもそばにいるのが当たり前だと忘れがちだけど、いつもそばにいられること。
それって、めっちゃ素晴らしいこと。
二人で交わすバカな会話のひとつひとつが、実はすごい幸せなんだって。
いわゆる女子高生のあたしは思うわけ。
そんな普通に幸せな時間を噛み締めながら、あたしはカレに話しかける。
「というわけで、キミは未来のお嫁さんの為にいっぱい勉強して高給取りのエリートになること。分かった?」
「あー、考えとくよ」
「期待しちゃってオッケー? とりま目標は期末テストで総合1位ね。これぐらいは取ってもらわなきゃ、キミのお嫁さん的に困るし?」
「学年総合ヒトケタなら常にマークしてるが、1位を取るのは厳しいだろうな」
「入学以来ずっと総合1位なあたしという壁がぶ厚すぎて? ちなみに胸が薄いとか言ったらモケす」
「モケすってなんだよ!?」
「教えてほしい?」
「やめておく。なんかすごく怖い答えがきそうだから。とにかく次のテストでは手を抜いてくれ。俺を勝たせるために」
「えへへっ。それはできない相談ですよ、未来の旦那様ァ~。あたしの将来の旦那ともあろうものが、本気のあたしごときを破れないとは情けないデスぜ」
「結婚のハードルが高すぎて、どうも自信が湧かないぜ……」
「高いハードルほど下をくぐりやすいって言うし、何事もチャレンジだね。こっちは準備オッケー。レッツ、あたしにプロポーズ!」
「悪い、宗教上の理由で、第三木曜日の昼休みはプロポーズできないんだ」
「そうなんだ。もう今日しかチャンスがないのに、それは残念ね」
「いつも大事なことはスルーするくせに、どうでもいいことは本気にするなよ……」
あたしの仕掛けた、最初の罠。
――もう、今日しかチャンスがないのに。
ここでカレが引っかかったら企みがスムーズに進んだけど、ちょっぴり残念。
鈍感男の宿命か。華麗にスルーされた。
だけど告白に至るまでの過程、予想不可能な駆け引きもまた面白い。
「ねぇ、ちょっと質問していいかな?」
「なんでも聞いてくれ」
カレが話に乗っかってきた。
あたしは自然な仕草でカレの横に座って、当たり前のようにカレの手を握る。
カレの肌に触れると、ビクッと電気が走るような感覚。
それをほとんど感じなくなったのは、はたしていつの頃からだろう?
カレと唇が触れ合った時のドキドキがなくなったのは……いつからだっけ?
いつも一緒にいるせいで、すこしずつ変化していくものが分からない。
カレと手をつなぐたび、カレと唇を重ねるたび。
初めてのときに感じた、あのドキドキが薄れていく。
まぁそれは慣れってやつだから、仕方ないのかもしれない。
二人がカップルになって、気づけば1年が経過した。
やることやり尽くしたあとに待っているのは、普段と変わらない日常だけ。
二人が付き合っているという、新しい日常を過ごす日々。
あとは同じことの繰り返し。
初々しいカップル気分はいつまでも続かず、そのうち二人の関係に慣れてくる。
だけど……もし、その慣れが飽きに変わり始めたら?
付き合い始めた頃のドキドキやワクワクが、薄れていくのと同じように。
二人の愛情が徐々に薄くなっていったら?
あたしは、それが怖かった。
カレを好きな気持ちが、カレがあたしを好きな気持ちが、時の経過で薄くなる。
それは不可避で逃れられないモノかもしれない。
どんな面白いゲームでもやり続ければ飽きてくるし、やり尽くせば飽きてしまう。
だから、あたしはイベントを起こすことにした。
カレを熱中させる面白いイベントを、あたしをもっと好きになるイタズラを。
ヒントは、母親の昔話。
どっかのアホが創作したような、どこか安っぽいラブストーリーを参考にした。
この計画に大事なのは、空の上に浮かんだあいつら。
地球には何もしないクセして、ひたすら延々と包囲だけを続ける暇そうな宇宙人。
あたしは、空を見上げる。
――透き通ったブルースカイ
――静かに流れる白い雲
――青い空の向こう側
――成層圏のさらに向こうでは
――キラキラとおひさまの光を反射する
――宇宙人の戦艦が今日も変わらず輝いている
すぅーと、息を吸い込んで。
あたしは、大好きなカレに『あの質問』をしてみた。
「もうすぐ地球が滅亡するとしたらどうする?」
あたしの何気ない質問に、カレは面倒くさそうに答える。
「それって、空の上のあいつらが本気を出したらってことか?」
「うん、そんな感じで」
「それなら――地球滅亡の時に教えてやるよ」
「それ答えになってないし、いま何か言いかけて隠したでしょ?」
「あまり面白いことは思いつかなかったからな。明日にでも世界が滅びる、たぶん滅びると聞かされ続けて十数年、結局何も起きないまま平和な日本でダラダラ生きてきたんだ。宇宙人が攻めてくるなんてリアリティー皆無のSFで想像の範囲外だぜ」
「それで、地球滅亡の時にキミは何をするの?」
「だから、それは地球滅亡の時に教えてやるって」
「今すぐ教えてよ。もうすぐ地球は滅亡するんだし。ほらほら、宇宙人の地球破壊なんとかで」
「ったく、古臭いSFの読み過ぎだっちゅーの。そもそも、なんでお前が宇宙人の地球破壊作戦の決行日時を知ってるんだよ?」
その質問を待っていた。
その質問から、あたしが演出する物語は加速していく。
それはきっとカレにとって一生忘れられない数分間になるハズ。
「…………」
とくん、とくん……と加速する、鼓動のリズムはロックンロール。
連鎖で汗ばむ手のひらは、まるで緊張の方程式。
荒ぶる呼吸を抑えつつ、落ち着けアタシと自己暗示。
――これから、あたしはウソをつく。
そのウソに、カレはどんな反応をしてくれるかな?
楽しみでもあり、怖かったりもする。
これから二人に訪れるのは、偽りの地球最後の数分間。
もうすぐ地球が滅亡する時、カレはどんなことをしてくれるんだろう?
ママとパパの時みたいに、あたしにキスしてくれる?
それともあたしの想像外な、まだ見ぬ恋物語がスタートする?
分からない。
だから、答えを聞いてみようと思う。
あたしは、じっくりタイミングを見計らって言葉を紡いでいく。
物語を加速させる――あのセリフを、
「それはね、あたしが宇宙人の偵察機だから」
もうすぐ地球が滅亡します→ 目の前に好きな人がいます ←あなたは告白しますか?[YES/NO] 相上おかき @aiueokaki
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