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 あかりちゃんの家を出てすぐ、携帯電話がヴヴヴッと震えだした。

 柚崎からの「途中参加!」と書かれたメールだった。


 とりま放置と思いきや、同じようなメールが着信履歴に50件近くもあった。

 どんだけ拘るんだよ……と、俺はドン引き。


 そんな俺を物陰から伺っている、鬼畜眼鏡な男にもドン引きだった。


「なんだよ?」

「突然ですまない。僕は影時という者で……キミは古橋の彼氏か何かか?」

「さぁな」


 俺に話しかけてきたのは、あかりちゃんを土下座させた影時だった。

 鬼畜眼鏡の影時は、誠心誠意といった感じで頭を下げながら言うわけで。


「……古橋を頼む。今のあいつには支えが必要なんだ」

「だから、お前は何を言ってるんだよ?」

「……知ってるんだろ」

「何を?」

「古橋が両親を殺したことだ」

「はぁ|~っ?」


 影時とかいう鬼畜眼鏡が、何かトンデモないことを言い出した。


「僕もキミと同じで古橋に聞いたんだ。あいつが自分の両親を殺したって」

「確かに……言ってたな」


 殺したようなもの――というニューアンスで。

 まさか、こいつはそれを勘違いして。


「黙っていて欲しい」

「……なにを?」

「古橋が両親を殺したことだ。警察には言わないで欲しい」

「おまえさん……何を企んでるんだよ?」

「僕はこれまで必死で実績を作ってきた。古橋に酷い言葉を投げかけたり、古橋の両親への恨みを周囲に言いまくったり、首吊りを偽装するのに必要な道具を自宅に保管したり」

「なるほどな。あかりちゃんの罪を被る為の下準備をしていたと……続きを」

「僕が古橋の罪をかぶって警察に自首するのさ」

「…………お、おぅ」

「古橋が犯した過ちが警察にバレる前に、僕が個人の怨恨で古橋の両親を自殺に見せかけて殺した犯人と」

「…………」


 この鬼畜眼鏡……クソバカだ。

 真面目キャラを通り越して、純情バカ一直線でいやがる。

 あかりちゃんの発言を拡大解釈しただけでなく、無駄に人生を捨てるつもりだ。


 呆れて頭痛がする俺は、悲劇のヒーローに酔ったバカに衝撃の真実を告げる。


「本当はこんなことを言いたくないんだが……」

「なんだ」

「あかりちゃん、両親を殺してないぞ?」

「……なにを冗談を」


 それから、数分かけて。

 勘違いバカに「両親を殺した(ようなもの)」発言の真実を語ってやった。


 聞いてる最中、影時はずっと放心していた。

 やがて事実を受け入れたのか、ガックリと肩を下ろす。

 すべてを言い終えた俺は、影時の耳元で「あかりちゃん、まだ家にいるだろうから誤解を解いてこい。あかりちゃんにはお前が必要なんだ」とアドバイスしてやった。


「さて」


 慌てて走り去る影時を見送った俺は、しばし思案する。

 純情バカのおかげで物語はご都合主義――ラストに向かって加速している。


 推測が確かなら。


 俺が主人公の物語は、とても幸せなバッドエンドで終わるはずだ。

 そんなことを考えていると、また携帯が鳴った。


『もしもーし! あじさい君ー!』

「柚崎か。今からそっちに合流するから場所教えてくれ」

『ほぇ?』


 ちょっと時間ができたから、ちょうどいい。

 タイミング抜群な柚崎に感謝しつつ、俺は電話を切った。

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