09/12

「遅いわよ!」

「わりぃ」


 待ち合わせ場所には、不機嫌そうなあかりちゃんがスタンバイしていた。

 今日も制服姿で、向こうも終業式だったらしい。


「さっさと行くわよ」

「どこに?」

「いいから、ついてきなさい」


 あかりちゃんに先導されるまま、ざめわく街を歩き回る。


 うん、これはデートだ。

 たぶん、デートで間違いないはず。

 自殺したがる理由を教えてもらうと、全然ドキドキしないデートだけど。


 無駄なことを考えていると、デートコースは街を外れていく。

 やがて、静かな住宅街にたどり着く。


「どこに連れ込むつもりだ?」

「あたしんち」


 いきなり実家とは、見た目は清楚でも大胆なヤツだ。

 まだ俺と知り合って間もない……て、自殺の理由を教えてもらうんだよな。


「ふん。男連れとはいいご身分だな」


 見知らぬ男に、とつぜん声をかけられた。

 メガネをかけたナイスガイで、腐女子が鬼畜眼鏡と賞賛しそうな容姿だった。

 どうやら、あかりちゃんの知り合いらしい。


「……ごめんなさい」


 いきなりの土下座が始まった。

 プライドが高そうなあかりちゃんが、地面に膝と頭を付けて謝罪している。

 あかりちゃんが土下座した男は、俺に問いかけてきた。


「古橋と、どんな関係だ?」

「あかりちゃんと俺か? さぁな。特別な関係とか、そういったアレだろ?」

「……フン。せいぜい二人で幸せになることだ」


 それだけを言うと、鬼畜眼鏡は去っていった。


 何者だ、あいつ?

 それより気の強いあかりちゃんが土下座するなんて……


「あいつは?」

「カレは影時くん。あたしの元カレなの」


 あかりちゃんは、土下座から立ち上がって言った。

 表情を固くしたまま、あまり触れるなと気配でアピールしている。


「来て。もうすぐあたしの家だから」


 あかりちゃんの言うとおり、目的地はすぐ近くにあった。

 住宅街にある何の変哲もない一戸建て住宅だが、周囲を「鑑識」と書かれた黄色いテープで囲まれている。

 うん、明らかに雰囲気が普通ではない。


「大丈夫だから、入って」


 促されるまま、俺は黄色いテープを乗り越えて事故現場な家に立ち入る。


 人の気配がないリビングに案内される。

 無表情のあかりちゃんは、天井を指さしながら言った。


「あたしのお父さん。あそこで首を吊って死んだの」

「…………」


 言葉を失った。

 感情を抑えこんだストレートな説明をされて、俺は思考が停止する。


「あたしが殺したようなものなの。だから……死なないとダメ。あたしだけが幸せになるのはダメなの」


 あかりちゃんは、淡々と身の上話をしてくれた。

 毎晩、あかりちゃんがドッペルゲンガーと戦っていた欠陥ビル。

 その名前を通称「古橋ビル」という。


 この欠陥ビルを設計したのは、あかりちゃんの父親だった。

 母親をガンで亡くしてから、男手ひとつであかりちゃんを育てた人らしい。


 その生活がプレッシャーだったのか、あかりちゃんの父親は悪事に手を染めた。

 マンションの販売会社に求められて、建築費用を削減するために鉄骨の数を国の基準値よりも少なくビルを設計した。悪質な耐震偽装はビルの建築終盤で発覚して問題となり、結果として建設がほぼ完了したマンションは売り物にならなくなった。


 マンションの販売会社は資金繰りがショート。

 建築を依頼した業者に払うはずのお金を払えなくなった。

 施工費用の不払いが原因で、施工を請け負った建設業者は倒産した。


 建設会社「影時建設」の社長は、その責任をとって自殺した。


 自殺した社長は――

 あかりちゃんの元カレ。影時の父親だった。


「影時くんのお父さんが自殺した時にね、あたしは『お父さんなんか死んじゃえばいいのに』て、酷いことを言って家を飛び出したの」


 あかりちゃんは、淡々と言葉を連ねた。

 その表情は凍ったようで、固く感情を閉ざしていた。


「お父さんがしたことは悪いこと。いくら偉い人に求められたからって、耐震偽装なんて許されない。だけど、あたしはそんなお父さんを助けてあげるべきだった。家族が支えてあげないといけなかった。なのに、バカなあたしは」

「……あかりちゃんは悪くない」

「みんなそう言うのよ。そして優しくしてくれるの。あたしはその優しさが辛くて苦しいの。あたしは幸せになっちゃいけないのに、それなのに……」

「クソ眼鏡は、別みたいだがな」

「影時くんは……あたしを恨むしかないんだと思う」

「でも」

「もうやめて!」


 あかりちゃんは叫んだ。

 もう何も聞きたくないと耳をふさいで、黒髪ロングをブンブンと振り回す。

 床にポツリと、こらえ切れなかった涙のシミが落ちる。


「もう優しくしないで! もうあたしに構わないで! あたしは……ヤツを殺して死なないといけないの! あたしを邪魔ヤツを殺して、あたしは自殺しないといけないの! あの日、初めてビルの屋上に忍び込んで飛び降りようとした時から……ヤツはあたしが救われる唯一の手段を邪魔し続けているの!」


 あかりちゃんは、ヒステリックに叫ぶ。

 いままでずっと、誰にも言えなかったことなんだろう。

 ひとしきり叫び終えると、涙で潤んだ瞳でキリっと鋭く睨みながら言った。


「あんたがビルの屋上に来る前、強くなったあたしはヤツを殺せる一歩手前だったわ! だけど、あんたと出会ってから……あたしは弱くなったの!」

「俺に言われても困るんだが……」

「それでも言わせて! あんたはあたしを弱くするの! だから……もう放っておいて。あたしはヤツを殺すから。あなたと一緒だと……たぶん、ヤツを殺せない」


 たぶん、本能的に分かるんだろう。

 ヤツの正体が不明でも、それだけは感じてしまうんだと思う。


 あかねちゃんの本音を聞いて、俺は決めた。

 そこまで固く決意しているなら、彼女の好きにさせてやろうと。


 本音を言えば、あかりちゃんを止めたい。

 あかりちゃんを、助けてやりたい。


 だけど、俺にその資格はない。

 人の幸せには色々な形があるけれど、歪んだソレは確かな幸せなんだと思う。


 自殺に成功 → ハッピーエンド。

 世間の常識から外れたソレが、本人にとって必ずしも間違いとは限らない。


 そう、俺は主人公じゃない。


 物語の主人公なら結末を変える活躍をするハズだが、俺はしょせんモブキャラだ。

 幼いころに思い描いた夢を諦めた、抜け殻みたいな残りカスにすぎない。


「……分かった。健闘を祈る」

「……ありがとう。応援してくれて嬉しい」


 最後の会話をして。

 俺は、あかりちゃんの家を後にした。

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